戦の最前線に出ることになったと父に伝えるため、一人暮らしをしていたこの家にやってきたのはいつだったか。その時父は、少し逡巡した様子で、戦争から還った際にはこの家の留守を任せていいか、と部屋中にそびえ立つ本棚とそこに所狭しと敷き詰められた本たちを指差して言った。父に、あなたはどうするのか、と聞けば、束の間のバケーションに出かけると答えた。すぐそこに戦争が迫っているのに、私の親父殿は楽観的にも程がある。いつものことだったが。帰ってきたときに「おかえり」と「ただいま」が言えればそれでいい、と言ってすぐに荷造りを始めた。我が父ながら、つかみ所がない。
 しかし、そうなってからは早かった。自身が暮らしていた質素な部屋をすぐに解約し、ほんの一握りの私の持ち物を父の家に運び込んだのは、父に会ってから5日後、今日だ。その頃には父はすでに「バケーション」に出かけてしまっており、人の気配のない家に腸のあたりがきゅっと音を立てたような気になった。私にも時間は少なかったため、戦火に爆ぜてしまわぬように家中の本棚という本棚に錬金術で処理を施した。
 心の中でもうこの世にはいない母と、そしてどこの空の下で何を楽しんでいるのかは知らない父に「行ってきます」と声をかける。そこには、とうに記憶にないような幼い頃の私と、母と、父が写った写真が飾られていた。この写真立てに戦火対策は難しいな。あんな様子の父ではあるが、戦争さえ終わればきちんとここに帰ってはくるだろう。ならばその時に返せばいい。
「少し、拝借していきますよ、父さん。」
 軍靴の鈍い音が響いた。
緑碧の錬金術師

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