不満はないか、と、机を挟んだ向こうに座る男が俺に聞いた。視線はじっと俺を捕らえている。その目に耐えきれず、俺は「不満があるとすれば、それは俺ではない」と答えた。予想外の反応だったのだろう、彼は笑った。
 男が俺に向けた視線と、その笑い方を俺は既に知っている。女は男親に似る、という信憑性のない言葉を思い出した。
 手元の猪口の中で、酒が揺らぐ。
「実のところ、僕と妻は尾形君に感謝してるんだよ。」
「俺に、ですか。」
 男、いや、嫁の父親は深く頷き、枝豆を摘まんだ。器に盛られていた枝豆は、既に半分程が空になっている。悟られないように腕時計で時間を確認すれば、嫁と義母が「食後のアイスを買いに行ってくる」とコンビニに繰り出してから既に30分は経っていた。
「見ての通りあの娘は自由奔放だから、まさか結婚するなんて思ってなくてね。親がこんな事を言うのも、おかしな話だが。」
「俺自身も結婚できるような人間だとは思ってなかったから、似たもの同士ちょうどよかったんでしょう。」
「ははは、名前も同じようなことを言っていた。」
 飲み干した日本酒は、さほど度数も高くないはずだが、どうも喉が焼けるように熱い。
 義父が間髪入れず次の杯を注ぐものだから、断り切れない。一升瓶の栓を閉めるふとした表情が、やはり嫁に似ている。いや、嫁が義父似ているというのが正しいが。
「そうは言っても、本当は真逆の人間性であることをたまに思い知らされますよ。」
「そうかな。」
「喩えるなら、光と影のような。」
 陽だまりのような両親から産まれた名前という女は、じくじくと湿った日陰に産み落とされた俺からすれば、大層眩しい。目が、潰れてしまうのではないかと思うほどに。それでいて恐ろしく器用だから、その輝きを自ら削ぎ落としてまで俺に近づいて、今も尚きらきらきらきらと視界の端でずっと瞬いているのだ。
 名前ならもっといい男捕まえられただろうに、という陰口など腐るほど聞いた。俺だって、そう思う。
「そうは言うけどね、僕には君たち夫婦は木漏れ日のように見える。」
 義父はそう言って、1人納得して「木漏れ日だね」と自らの言葉を反復した。
 光と影が一体化して零れ落ちてるんだよ、と続いたその言葉を聞いて、この人は今からでも詩人を目指せば良いと思った。普通のサラリーマンだと、嫁は言っていたけれど。
「尾形君のご実家については僕は何も言えないけど、少なくとも君が義理の息子になってくれてよかったとも、思っているよ。」
「……そうですか。」
 親父というのはこんな風なのだろうか。普通は。
 比較できる対象など既に居ない。考えるだけ無駄だろう。思わず巡らせそうになったそんな思考を断ち切るように、静かに猪口に口をつけた。
「ただいまー。」
「ごめんなさいねぇ、コンビニで昔の知り合いと偶然会って立ち話しちゃったのよ。」」
 やけに賑やかな声が帰ってくる。
 がさがさというビニール袋の音がやけにでかい。
「ちょっとお父さん、尾形に呑ませすぎないでよね。」
「お前も今は尾形だろう。ちゃんと名前で呼びなさい。」
「うっ…」
 普段から俺も言ってるが、直さないお前が悪い。とは流石にこのタイミングでは言えず、口角を上げて笑うだけにしておく。すぐさまグーパンチが飛んできた。
「色々買ってきたけど、百之助は何にする?」
「かき氷はねぇのか。」
「かき氷ならこっちの袋にあるわよ。」
 アイスだけではなく酒のつまみまで買ってきてやがる。あとどれだけ呑むつもりだ。
 袋の中の大量の缶ビールは見なかったことにして、義母の持つレジ袋の中からみぞれのかき氷を取った。
 ようやく暖かくなってきたばかりだが、もうコンビニにはかき氷が売ってるとはな。自分で言っておいてなんだが、驚いた。
「ほんと、百之助はかき氷好きだよね。」
 呆れたような、嬉しそうな声で名前はそう言って、棒アイスに齧りついた。義両親は揃ってカップアイスの蓋を開けている。
 口内で氷が溶けた。
「ああ、好きだ。」
本日も晴天なり

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