※夢主卒業後時空

「その女の子なら、四半刻前に帰ってしまったよ。」
 団子屋の女将さんのその言葉に、俺は膝から崩れ落ちた。盛大にやらかしてしまった。しかもこれで2度目だ。
 1度目は1ヶ月前。久々に名前先輩から、久しぶりに一緒にご飯でも食べよう、と文が届いたのだ。先輩が卒業して早半年。プロのくノ一になった名前先輩は多忙らしく、便りが届いたのもこれが初めてだった。休みはしっかりとれていると書いてあったが、忍術学園の方面に立ち寄ることは稀なのだろう。あまりお姿を見ることはない。そんな中でのお誘いに当然浮き足立ったのだが、お約束のように発生した生物委員で飼っている蛙の大脱走により諦めてしまったのだ。せめても、と思い、近くに居た三郎に待ち合わせ場所と事情、そして「次は必ず!埋め合わせもします!」と言伝を頼んだのも、最終的に俺の胸を抉った。お礼に、と名前先輩に飯を奢って貰った、という三郎の自慢げな顔を思い出す度に俺は泣きたくなった。
 そして待ちに待った埋め合わせの日が今日、だったはずなのだ。結局、孫兵のジュンコ探しに奔走してしまい、待ち合わせの時間に遅れてしまった。なんとか待ち合わせ場所の団子屋までは辿り着いたものの、そこに名前先輩の姿はなく、冒頭の女将さんの言葉に戻るわけだ。
「その人……さすがに怒ってましたよね?」
「私も野暮なもんでね、好い人かぃ?って聞いたんだけど、面倒見の良い後輩ですよ、って言って仕方なさそうに笑ってたよ。」
「…うわぁあ……」
 名前先輩は、俺の2つ上で昨年度の生物委員会委員長だった。生物に関する知識や忍術、そして後輩への接し方、沢山を教えてくれた方だ。面倒見が良いと言うなら、それはまさしく名前先輩であって、俺を指す言葉ではないのに。
 延々と項垂れる俺に、女将さんはそっとお茶を出してくれる。
「その女の子が、アンタが来たら出してやってくれってお代を置いていってくれたからね。ほら。」
 お茶の横には3本の団子が乗った皿。そうだ、名前先輩はこういう方だ。
「はぁ…情けない……」
「そうかねぇ?仕事に一生懸命なのはいいと思うけどねぇ。」
 客入りも落ち着いているのか、女将さんは俺の嘆きに相槌を続けてくれる。
「でも、先輩はお忙しい方で、そんな中でも俺のことを気に掛けて時間を作ってくださってるんですよ。しかも1ヶ月前にも俺の都合で当日行けなくなって…。先輩はどんなときでも俺を気に掛けてくださってるのに……」
「先輩が後輩を気に掛けるなんて、当然のことじゃないか。それで先日も今日も遅れたんだろう、ハチ」
「そうですけど、そんなの言い訳にすぎな……へ?」
 親しい人しか呼ばない俺の愛称が、女将さんの口から漏れる。とっさに女将さんの方を見やれば、さも面白いと言わんばかりの破顔が眼に入った。それは女将さんの顔であったが、どこか懐かしく、そして焦がれた表情だった。
「もしかして、名前先輩……?!」
「ははははは!なかなか気付いてもらえないから、さすがの私も傷ついたよ!」
 傷ついた、なんて大嘘を吐くその顔はすでに俺の敬愛する名前先輩のもので、ふいに泣きそうになった。後輩思いなせいで遅刻魔の可愛い後輩に悪戯を仕掛けたいからと言って本物の女将さんに協力して貰ったんだ、と楽しそうにネタ晴らしをする名前先輩だが、そんな話はもう何も頭に入ってこない。先輩がまだ待っていてくれたという事実と、その笑顔に変わらず傷が付いていないことに酷く安堵した。
「背が伸びたね、ハチ。」
 そう言って笑う名前先輩に、俺はまだ暫く手が届きそうにないのだけれども。
僕の卒塔婆を抱えておくれ

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