室温調整のために開けていた窓から、どこからともなく金木犀の香りが入ってきた。尾形は くん、と鼻を鳴らしてその香りを鼻腔に留める。強い香りではあるが、別段嫌いでもない。
 台風は過ぎ去り、一気に涼しくなった日の午後。一段と秋めいた季候に、過ごしやすさとある種の倦怠感を覚える。冷え込みとも言えるくらいに突然の気温の低下に、尾形も少々参っているようであった。そんな日は無理に何かすべきではないと判断し、ソファに寝転んで面白くもない午後のバラエティーをBGM代わりにぼんやりとする。
 一連の作業のような過ごし方を遮るように、家のインターホンが響いた。この家に訪ねてくるのは精々腐れ縁の男共か、迷惑と言えるほどに世話を焼いてくる女1人くらいだ。近頃は配達が来るような注文もしていない。どちらにしても出るのは面倒だな、と思い居留守を決め込むことにしたが、その方が後々余計に面倒であると思い直して重い腰を渋々上げた。
 インターホンの通話ボタンを押して画面を見やれば、予想通りの人物が立っていた。
「今日は何しに来たんです。」
「“酷いな、うちで消費しきれない程の柿を貰ったからお裾分けしに来たんだ。”」
 その言葉は本当らしい。余計な世話ばかり焼く義姉が、玄関ホールで皺だらけのスーパーの買い物袋いっぱいの柿を掲げていた。



「そんな量を貰って、俺が消費しきれると思ってるんですか。」
「会社の人とかに配ればいい。」
 同僚に配るという発想があまりにも花沢の血筋を思わせて、尾形は頭が痛くなった。同時に、結局義姉・花沢名前には逆らえず、エントランスの自動ドアを開けてしまったことを後悔する。(開けなかったところで、ピッキングが特技の同級生を呼んでくるのだろうから、遅かれ早かれ同じ状況にはなっていた。)
 リモコンとティッシュ箱くらいしか乗っていないローテーブルに柿を広げる名前をただ眺める。
「まあ、余りそうなら腐る前にジャムにするんだな。」
「そういうのは人を選んで言ってください。」
「あ、いくつか剥いて帰ろうか。」
「………もう好きにすればいいです。」
 ただでさえ怠いというのに、頭痛を呼ぶ義姉がいるのでは落ち着くことなど出来ない。好きにすればいい、と言ってしまったが最後、名前は遠慮無くキッチンに向かっていった。
 尾形はソファに戻り横になる。名前には聞こえないよう、小さく溜息を溢した。
 それにしても柿などいつぶりだろうか。前に自分に柿を剥いてくれたのは祖母だった。そんなことを思い出しながら、尾形はそろそろと目を閉じた。しかし、やはりそれを妨害するのが名前である。
「案外熟してた。」
 ソファの下に腰を落とした名前が手にしているどんぶりに、雑に柿は盛られていた。それは夕日のように煌々とした橙をしている。うつらうつらしていた尾形の目には、あまりに眩しい色であった。遠慮の「え」の字もなく、名前はその一切れを口に入れる。
「こういう熟してて柔らかくなった柿が好きなんだ。ただ、実家ではみんな固い柿が好きなんだけど。」
「そうですか。」
 差し出されたどんぶりから、おずおずと一切れ手に取れば名前は満足そうに笑う。歯を立てて味わったその果肉は確かに柔らかく、そして充分に甘かった。
「百之助はどっちが好きだ?」
 2つ目に齧りつく名前が、興味深そうにそう問うた。そんなことを考えたこともなかった尾形は当然答えられるはずもなく、頬張った柿をただひたすらに噛み砕き飲み込むことしか出来なかった。
 それでも名前は急かすことも、強制することもなく柿を食べ続ける。
「まぁ、固いのも柔らかいのも混じってると思うから、食べ比べてみればいいさ。」
 これだからこの女は苦手だ。
 何もかもを見透かして、あたかも姉であるかのように振る舞う義姉が、尾形は苦手だ。
「で、いつ帰っていただけるんです。」
「つれないね。今日は親が2人共出かけていてね。夕飯を勇作と食べに行く約束をしているから、もう帰るよ。」
 最後にまた1つ柿をつまんで名前は立ち上がる。
「じゃあ、また来るよ。」
「毎度言ってますが、二度と来んでください。」
 山のような数の柿を残して、思いの外あっさりと義姉は帰っていった。勇作と外食すると言うものだから、てっきり百之助も来るか、と言われるかと思っていたのだ。誘われたところで断るだけだから、その手間が省けたというわけだが、尾形はどうにも胸につっかえた何かを感じた。
 カーテンを揺らして漂ってくる金木犀の香りが、また鼻を突いた。どうせ次の台風が来れば跡形もなく散ってしまうくせに。やけに嘲笑的になった思考が、1つの答えを導いた。
「中途半端な愛情なんて要るかよ、クソ姉貴が。」
 あと数切れ残った柿をテーブルに放置して、尾形はソファに身を投げた。
金木犀の香る頃

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