窓の外で激しい衝突音が聞こえた。慌てて確認したら、どこからともなく飛んできたらしいカーポートの屋根がベランダに着地していた。こんなの、どうやって片付けたら良いんだろう。ソファに寝そべって気象ニュースを眺める夫をちらりと見やれば、面倒臭そうな表情をしてから「早くカーテン閉めろ」とだけ言った。そうは言ってもきっと明日になれば彼が片付けてくれることは明白だ。この男は、案外私には甘い。
 言われたとおりカーテンを閉めて、私もソファに座る。ローテーブルに広げたスナック菓子とビール缶は既に半分ほど空いてしまっている。
「仕事休みになってよかったよね。」
「こんな天気じゃ仕事にもならんだろ。」
「まあね。」
 鉄道が止まり、チェーン店すら休業するような台風だ。出社したとて何もできない。時折停電もするし、内勤もままならないだろう。
 原因はどうあれ平日に突如訪れた休日(心は全く休まらないが)に、夫・尾形百之助は随分とご機嫌なようだった。
 SNSを開けば、各地の被害状況ばかりが流れてくる。便利な時代になったものだと感心するが、近所の繁華街の屋根が飛んだとか家の前の道路が冠水したとか、そういう投稿で住所が特定されたりするリスクは考慮されてないんだろうかと、所謂老婆心が顔を出す。それよりも拡散数が大事なんだろうか、と余計なお節介が頭を占めるようになってしまったから、私ももうそれほど若くないのかもしれない。
「あ、これ尾形の実家のあたりじゃない?」
「ん、」
 ほら、知らない誰かの呟きが、夫の実家のすぐ側だとわかってしまうんだから、特定なんてすぐできてしまう。
「やべぇな。」
「ね。」
 大型トラックが道路上で横転する動画を見てそんな感想を言い合う。尾形の実家近くと言っても、そこにはもう彼が帰るべき場所はないのだけれど、やはり生まれ育った場所だから何かしら思うところはあるのだろう。徐に取り出したスマホに打ち込み始めたのは、実家のある市名だった。
「名前の実家は無事か。」
「うん、停電が復旧しないらしいけど怪我はないって。」
「そうか。」
「ありがと。」
 家族に恵まれなかった尾形と結婚するにあたって、私の両親とうまくやっていけるかという不安は、正直あった。「実親」という存在との付き合い方を知らないに等しかった男が、妻の両親というだけの他人と折り合いがつくのか。そういう不安だったが、思うにあれは杞憂だった。
 思いの外、私の実家をこの男は大事にしてくれていると思う。長期休暇に帰省したいと言えば 内心はどうあれ嫌な顔せず着いてきてくれるし、誕生日や父の日・母の日のプレゼント選びには付き合ってくれる。こうやって酷い災害があれば心配もしてくれる。
 こんな日を1人で過ごさなくて良い。それだけで嬉しい。
「あ、尾形、ポテチ食べ過ぎ、太るよ。」
「うるせぇ。」
「ビールも飲み過ぎだし。ビール腹になったら私に嫌われるかもよ。」
「ンなことなるかよ。」 
 若い頃は大丈夫でも年取ったらわかんないよ、と小言ばかりが出てしまう私の口を黙って尾形は塞いだ。そのまま「もしもの時には運動に付き合わせてやるよ」と言ってソファへ静かに押し倒してくるんだから酷い夫だ。
「運動ってこれ?」
「どうせ他にやることもねぇし。」
「滅多にないレベルの災害で生殖本能刺激されてんじゃないの?」
「アホか。」
 そう言って近づいてくる尾形と閉めきったカーテンの向こう側では、依然として激しく雨も風の荒れ狂っているのだろう。例えば世界が滅亡するその直前も、こうやって過ごせたらいいのに。そんな馬鹿みたいなことを考えて目の奥を熱くする私を隠すかのように停電が起こった。
 今夜は、長い。
HECTOPASCAL

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