恋ひとつのpapiさんとDMでお話しさせていただいた時に「グリードみたいな男に准将ちゃんがちょっと振り回されてたら可愛い(意訳)」っていう流れが出て、papiさんの日々の妄想にも出没するという有難い状態になったので、これは書かねばという使命感に襲われ書きました。勝手にpapiさんとこのアヤ・ラシャードさんも出してしまった。本当にすみません。
* * *
 通った道が悪かった。
 連日発生している国家錬金術師殺害事件の下手人捜しに奔走する軍部にて、苗字少将も漏れなくそれに伴う激務に追われていた。軍のブレインとして動くとは言えど、デスクワークだけでは得られる情報は偏るため、今は南方司令部に数週間間借りして情報収集と解決にあたっている。一向に解決への糸口すら見つからない中で、慣れぬ土地で知恵を絞ってはいたからか遂に己の体力の限界を察知し、休暇を取ることになったのだ。
 自らの立場ゆえ、休暇取得前にできるだけのことはやろうと思い残業をしていたら結局日付が変わる直前の終業となってしまった。申し訳なさそうに先に帰った、南方にまで着いてきてくれた部下、アヤ・ラシャードの心配そうな顔を思い出し、明日はゆっくりと体力を回復させなければという使命で頭がいっぱいになる。
 一刻も早くのベッドに潜り込みたい一心で、普段は万一のことを考えて通らない細い裏路地を通ったのは、彼女らしからぬ短慮であったと言わざるを得なかった。
「こんな時間にうら若い嬢ちゃんが通る道じゃあねぇなぁ。」
 明らかに柄の悪い男が3人、路地を抜けてすぐの曲がり角でたむろしていたのだ。少し値の張る煙草の匂いと、顔中にぶらさげた闇夜に光るピアス。全身をキャンバスに見立てた刺青の数々は、歴戦を物語る傷でところどころ途切れている。絵に描いたような不良連中に、疲労で頭の回転が鈍くなった苗字はただ「面倒なことになったな」と息を吐いた。
 この歳になって、うら若い、と言われるとは思わなかった。
 些か的外れなことを考える。東の血筋が半分流れている苗字が、実年齢より下に見られることは今までにもあった。さらに、今は仕事を終えて私服だ。しかし、不良に絡まれてもなおそう言われることには少々面白いと感じたらしい。
 そんな数秒の間、実際の所 彼女は無言だったため、連中は彼女が恐怖のあまりに声も出せないのだと勘違いをする。また、勘違いをしていたのはもう1点。
 彼女が一般人である、と思っていることだ。
 苗字は素早く護身用に隠し持っていた軍御用達の銃を手にした。明後日は出勤して早々に銃使用の始末書か、と嫌になったと同時に、どこか懐かしい空気が背後より押し寄せた。絶対に知っているこの空気は、どこで感じた物だったか、すでに疲労が限界に達している彼女の脳はその答えを弾き出せなかった。
「おい、俺のシマで何やってやがる。」
 苗字が構えた銃を、大きな手が押さえつけていた。その手を辿るように腕から顔を見上げれば、体格のいい彼女と同年代か、それとも少し年上に見える男がいた。目つきは悪いようだが整った顔をしている。どれだけ疲れていても、状況の観察を怠らない悪癖に苗字は若干の頭痛を覚えた。
「ひっ、あんたは…っ」
「いいからとっとと失せろ。次はねぇからな。」
 空いた手で連中を追い払った男は、その姿が遠くなってからようやく、なんでもないように溜息を1つ落とした。下ろすタイミングを見失った苗字の銃は、未だに彼の手の内に収められている。
「最近、躾のなってねぇ輩がちぃっと増えててな。怪我はねぇか嬢ちゃん。」
「……私はそんなに幼く見えるか…」
 柄にもなく苗字は落ち込んだ。
 それに追従して、眩暈を起こした。



「…申し訳ない…」
「いや、看病するには物の足らねぇ場所で、こっちこそすまんな。」
 張り詰めていた精神が途切れて数十分後、苗字が目覚めたのはなんとも雰囲気の良いバーのソファの上であった。様子を窺うように、傍らに椅子を置いて座っている男は、薄暗がりの中でもわかるくらいに、静かなグレーをしている。
 今夜は定休日らしく苗字と男以外誰も居ない。
「ただの寝不足と疲労だ。看病して貰うほどのことでもない。運び込んでもらっただけでも有難いよ。」
 身体を起こし、気持ち程度にかけられたブランケットを畳む。テーブルに置かれた水を一口含み、苗字は顔を顰めた。
「さっきまで失神していた女に君はジンを出すのか。」
「口つける前に香りでわからない程度にはアンタ疲れてんだな。」
 恐らく同じ物が入っているであろうグラスを男は傾ける。からん、と涼しげな音を立てて氷が溶けた。
 反論の余地もない苗字は大人しく出されたグラスにもう1度口を付けた。
「アンタ、軍人か。」
 椅子の背もたれに寄りかかるように座る男は臆せずそう問いかけた。結露したグラスから、水滴が1つ、磨かれた床に落ちて跳ねた。
「根拠は?」
「さっきの銃の構え方が。あと、あの銃は軍のもんだ。」
 俺の連れにも元軍人がいるもんでな、と、得意げに歯を見せて笑う彼は、自分のことを棚に上げて言えば「少し幼く見える」と苗字は内心笑った。
 失神とは言えど休息を得た苗字は、今度は少しばかり反撃をする。
「そう言う君は人造人間だろう。」
 ジンを飲み込むようにさらりと言ってのければ、男の目尻が動いた。それを苗字は見逃さない。根拠は、と返される前に言っておく。
「戦時に私の部下だった男が、いや、厳密には部下だと思っていた男が、人造人間が化けた奴だった。そいつと同じ気配を、さっきの道で感じた。そうだ、今思い出した。」
 何か良からぬ事を企んでいたらしい、あの人造人間は元気だろうか。またもや的外れなことを考えるが、それ以上に目の前の男が渋い表情になっているのが可笑しくて苗字は遂に声を出して笑った。
 部下をしてくれていた時は頭の良い男だと思っていたが、素の部分はかなり浅慮というか、激情型の子だった。そう話せば、男は、まあ気は短い奴だな、とぽつりと言った。
「おや、今のだけで誰かわかるのかい、すごいね。」
「そんな数もいねぇし、アンタの言った“化ける”能力はそいつだけだからな。」
 頭を抱えてまたグラスを煽る男は、どうやらあの人造人間とは馬が合わないようだ。
 次の言葉を探す彼に、苗字は至って普通に、そしてシンプルに言った。
「さて、そろそろ帰るよ。色々君も事情持ちのようだし、あまり軍人がここに長居するのは良くなさそうだ。」
「…悪ぃな。」
 ばつの悪そうな顔で立ち上がった彼につられて、苗字も腰を上げた。



「…何から何まで申し訳ない……」
「折角助けたのにまた襲われてちゃ俺の目覚めも悪い。気にすんな。」
 大丈夫だ、と突っぱねたが、そのままずるずると男は苗字が現在宿泊している宿まで送り届けた。そうは言ってもあのバー(出るときに看板を見たら、デビルズネストと掲げられていた)からは徒歩5分ほどだったが、どうもその言葉通りらしく律儀についてきたのだ。
「さっき君があれだけ凄んだ後だぞ、大丈夫だろう。」
「あり得ないなんてことはあり得ない、いいか、覚えておけ。」
 ソファに寝そべっていた名残でほんの少し乱れた髪を、あの大きな手でさらに乱される。その温もりに、泣きたくなったのは、懐かしくなったのは、きっと全て疲労のせいだ。
「……今夜は本当にありがとう。そういえば、酒代も払ってないな、私は。」
「何度も言ってるが気にすんな。ただ、そうだな、どうしても気にするってんなら、ツケといてやるよ。」
「では、次に会うときがあれば、今度は私が君を助けよう。だから私の名前と顔を忘れるなよ。国軍少将の苗字名前だ。君は?」
「グリードだ。ははっ、忘れるかよ、アンタみたいな女。」
「本当だな?」
「俺は嘘をつかねぇのを信条にしてるからな。」
 それは良い心がけだ。私は二度も部下に嘘をつかれた。
 そんなことを言えるはずもなく曖昧に微笑んだ苗字に、じゃあな、とグリードは踵を返した。そして置き土産のように「嬢ちゃんなんて言って悪かったな、アンタはいい女だよ」と、背中越しに苗字に声をかけたのだった。





「懐かしい男がいるな。」
 リゼンブールのロックベル家にて、強欲を孕んだシン国の皇子に出会った。それは謁見とも再会とも、はたまた遭遇とも言えるようなものだった。苗字が彼に声をかけたのは、ほぼ無意識だったかもしれない。
 彼女の言葉の意味を捉えきれないらしいエドワードは、金色の目をぱちくりとさせている。
「あぁ、懐かしいな、少将閣下。」
 ようやくツケを払えるらしい。
 そう笑えば、姿形は変わってしまったようだが、あの日と同じ口調でグリードは言った。
「あぁ、本当にアンタはいい女だよ、まったく。」
Invoice No.3

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