「私は神も仏も信じてないですよ。だって、そんな存在が本当にいるなら、私や尾形さんがもう1度生を受けるわけないじゃないですか。」
 もし私が神様なら絶対私に2度目の生を授けたりしません。そういった名前の口元は、とうの昔に色が沈んでしまった赤に塗れていた。対照的にその口の中や腹、下半身からは止め処なく鮮やかな紅を溢している。そこで、ようやく俺は気付いた。
 この名前はもうこの世には居ない方の名前だ。
 人一倍上手そうにものを食う恋人としての名前ではなく、身体に鬼を宿した方の名前だ。
「俺の夢の中にまで出てきて恨み言か。化けて出ても良い性格してやがる。」
「今のワタシに記憶が無いからって、私とワタシを勝手に切り離さないでくださいね。」
 口角だけを上げた笑みと、その端から伝う鮮血が、鬼の子としての名前の最期を垣間見せる。
「記憶が無くても、ワタシは絶え間ない空腹と満たされない何かに追い立てられてますから、気をつけてくださいね。」
「何にだ。」
「口淫、させたら食いちぎるかもしれません。」
 俺だって、神も仏も信じちゃいない。修羅も鬼も、正直嘘っぱちだと思っている。それでも、目の前の赤い鬼は紛れもなく現実だったし、今でさえ現実だ。かつて空に響き渡った銃声のように、質量も湿り気もないその笑い声は、どうしようもないくらいに俺の喉を締め付けてから、消えていった。



「ん、っ、ふっ、ぅ……」
「やっぱりお前は赤が似合うな。」
「なんの、はなしですか…っ」
 柔らかな腹に飽きずにつけたキスマークは、もはや紫色になりつつあった。つい先日まで処女だった白に、ずっと昔に犯した咎の色を宿す名前は酷く背徳的でいて、美しい。
 掌に吸い付く滑らかな胸を弄んだり、その頂を摘まんだりして反応を見ていれば、小刻みに震える小さなその手によって潤んだ唇に誘導される。俺の下唇を思う存分に啄んで味わう様に、刻み込まれた鬼の記憶の断片がちらつく。気のせいだと言い聞かせるために、熱い舌を奪う。その舌の根を探し、名前の口内を嘗め回し、どこにも血の味がしないことに安心を覚えた。
 なぁ、鬼の子よ。神様なんてもんが居たとして、あいつらは存外いい加減だぞ。すでに役目を果たせていない名前の下着を剥ぎ取り、創世記を思い出した。あいつらに愛や情があるなら、箱舟なんて必要なかっただろう。同じように、俺も名前も、銃を握ることすらなかったのではないか。
 そんな仮定話はただの布に成り下がったパンツと一緒にベッド下に落とした。
「私、夢で魘されてた尾形さんを起こしただけですよね?」
「起きたのは俺だけとは限らんだろうが。」
 押し倒されていただけの名前の身体をひっぱり、あぐらをかいた俺の膝の上に座らせる。寝起きでうまく回転していないらしい名前の脳味噌でも、俺の言わんとすることはすぐにわかったようだ。
 昔からお前は利口だと、知っていたさ。
「最低です。」
「”次”は、お前がやってくれるんだったよな?」
 膝を立てて逃げようとするが、その動きで形の良い胸が程良く揺れるのだから逆効果だ。頂点ごと食む。
 一気に力が抜け、ぺたりと俺の脚の上に落ちてくる。隠しきれない中心の潤いが、俺の太ももを冷たく濡らした。それを目印に、俺は迷い無くその中に指を忍び込ませた。
「っ、あ…そ、れ、だめ…!」
「駄目なわけあるか。」
 ざらりとして窪んだところを指の腹で擦れば、快楽と絶望を同時に味わっている表情へと変貌する。身を捩って逃げようとするが、俺にはイイトコロに当てたがっているようにしか見えない。
 俺の肩に食い込む10本の指をやけにリアルに感じ始めたところで、指を抜いた。
「口でしてくれよ。」
 半開きの口から零れるのは乾ききった血ではなく、我慢しきれなかった嬌声と涎なのが至高だ。良い性格なのはどちらでしょうね、とどこからともなく声が蘇る。思わず幻の声に反撃をする。
「名前、噛みついてくれるなよ。」
 絶え間ない空腹くらい俺が埋めてやる。そのために食いちぎられるわけにはいかねぇんだ。
 色を含んだ厚い舌が、遠慮がちに俺に触れたところで、鬼の子が「食えない男ですね」と嗤ったような気がした。
その鴉は舞い戻る

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