俺が言えたことではないが、粘着質な女は嫌いだ。だから1度きりの関係を持つにしても、そういう女は選んでこなかったつもりだ。そうは言ってもやはり、嘘の上手い人間というのは男女問わず居るもので、今回は外れを引いたな、と素直を認めるしかないようだ。
惚れた女を探しながら、都合が良いという理由だけで数ヶ月ほど付き合い、目当ての女の姿を見つけた途端に捨てた女が睨みをきかせている。勘弁してくれよ、まだ昼間の駅前だぜ、ここ。
「ちょっと、この子誰よ。」
 品がない、という言葉はこいつのためにあるのかと思うような女だ。ブリーチを重ねた艶のない髪色に、何を隠したいのか厚い化粧、怒濤の文句を放流させる口は歪み、ぎゃんぎゃんと吠える度に香水をぶちまけた臭いがする。まぁ、何が良かったといえば胸の大きさくらいなもので、それも今となってはだらしのない脂肪の塊にしか感じない。
 おいおい、俺の横で唖然としてる女を見てみろよ。髪は染めたことないし、化粧っ気も常識程度にしかない上に、その口は話すことより食うことにご執心だし、香るのは柔軟剤くらいだ。品行方正が人間の形して歩いてんだぜ、末恐ろしくないかい。中身は依然として化け物だけど。あ、あと胸の大きさは並。
「へぇ、そう。浮気してたってわけ。」
「いや、こいつがよかったからお前を捨てた。」
「どっちにしても尾形さんが悪いじゃないですか!」
「頼むからお前は黙ってろ。」
 元はと言えばお前が悪いんだぜ、苗字。
 俺を置いて先に死にやがるから。
 どれだけの時間をかけてお前を探したと思ってる。下手にお前の影を重ねないように、真逆の女で欲を食い繋いでいた俺の気持ちなど、微塵も分かりやしないくせに。
 町中を歩くお前を見つけたとき、俺が咄嗟に腕を掴んだもんだから、その時食ってたアイスを落とさせてしまったのは悪いと思ってるさ。知らない男に捕まったことより、アイスを失ったことに絶望したような顔をしたお前を見て、この目が見たかったんだという感動で、全身の血液が沸騰するかと思った。そのあと適当に言いくるめて、アイスは弁償してやったら、「なんかよくわかんないですけど、初めて会った気がしませんね。そうじゃなきゃ知らない人についてきてアイス買って貰うなんて普通しませんもんね。」とほざいたな。初めて会ったんじゃねぇよ、と思わず口にしそうになったが、お前がそう言うのならそういうことにしておいてやろうと心に決めた。
 そういう類いの打算とか、汚い下心とか、巧みに誤魔化して隠して、それでも手に入れたかった苗字名前が目の前に居る時点で、お前みたいな下品な女は用済みなんだ。
 なんて言えば、今度こそ苗字から拳骨を喰らいそうだが。
「どこがいいのよ。顔も体型も、私よりいいところあるわけ?セックスのセの字も知らなさそうなお嬢さん。」
 舐めた口ばかりきく女に、どう言い返してやろうかと口を開いた瞬間、それよりも数秒早く俺の可愛い化け物が牙を剥いた。
「お気の毒様。私と張り合うための武器が、顔と体型と性経験しかないんですね。確かに私は貴女と比べたら並で、これといった魅力もない女です。でもきっと貴女より豊かに生きてます。」
「な、にを根拠にそんなこと…!」
「尾形さんと食べるご飯が、今まで生きてきた中で1番美味しいと思ったからです。」
 無茶苦茶な論法だと、女は思っただろう。でも俺には、腹の底にすとんと落ちる言葉だった。
「だからさようなら。貴女はもっと他にいい人を見つけられると思います。私より、何だって優れているんですから。」
 そう言う苗字の目は、空を飛ぶ鳥を食料として見据えていたときのそれに限りなく似ていた。行きましょう、と俺の腕をひく苗字に半ば引きずられるような形で女に背を向けた。





「で、まだご機嫌は戻りませんかね、お嬢さん。」
「戻りません。ここの鴨南蛮が如何に美味しくとも、暫く私はご機嫌斜めですよ。」
 豪快に蕎麦をすする顔はどう見てもご機嫌なのだが、その声色は確かにご機嫌斜めだ。その原因は間違いなく先程の女なのだが、突っかかってるのは前の女の存在というよりも、後腐れ残して別れたという箇所だった。いくら弁解しても、じっとりとした疑いの目が俺に付きまとう。粘着質な女は嫌いなのだが、例外もあるということだ。
「自然消滅を狙ったわけじゃねぇし、ちゃんと会って話して別れたんだ。」
「その話が一方的だったんじゃないですか、尾形さんのことだし。」
 二の句は告げない。その可能性は否めない。
 誤魔化すように自分の器から鴨を一切れ、苗字の器に入れてやる
「大体……、」
「あ?」
 止まらない追求の言葉が、中途半端に止む。言葉を探しているよりも、濁しているのが正しそうな様子を暫し観察しながら蕎麦を口に運ぶ。思い詰めた顔で鞄から携帯を取り出し、目の前に居るというのにメッセージを寄越した。
 軽快な音を鳴らして揺れた携帯を取り出し、受信した内容を確認して俺はほくそ笑む。
「明るい時間から大胆だな。」
「尾形さんのせいです!」
 赤くなった顔を隠すためか、大きな丼を持ち上げて出汁を啜る苗字は人知れず人間に近づいているらしい。「セックスのセの字も知らなさそうなお嬢さんに見えてるのは尾形さんが手を出してくれないからです」と怒りマークのスタンプと共に送られてきたそのメッセージが、なんとも言えない達成感を覚えさせた。

 その後は苗字が気になっているという流行の映画を見る予定だったが、全部変更し、家に帰って日付が変わるまで抱き潰すことにした。キスだけを飽きるほどにして、物欲しそうにねだられてから片手に収まる程の胸を揉み拉く。下着の跡が強く赤く引かれた白い胸を見て、下着のサイズ合ってないんじゃないか、と言えばムードがないと怒られた。
 無意識に揺れているのであろう腰を押さえつけて、ぐずぐずに蕩けきったソコに指を1本ゆっくりと進入させる。大袈裟な程にその身体が跳ねるが、未経験の感覚がすぐに肢体を支配していた。細く滑らかな10本の指が、苗字を押し倒している俺の腕に食い込む。やめて、なのか、もっと、なのか、正確な意図はわからないが、わからないので好きに解釈をした。声を出すのは恥ずかしいらしく、時折甘ったるい呼気を吐き出していたが、そっちの方がよほど色っぽい。
 指を2本、3本と増やしてみて、3本は痛いと言われた。処女らしくてよろしい。
 経験はないが知識はあるらしく、私もする、と上半身を起こされたが、正直俺の身がもたない気がしていた。じゃあそれは次の楽しみに置いておく、と枕元から取り出したゴムの包装を破れば、きゅっとなだらかな2本の脚が所在なさそうに俺の脚の間で蠢いた。
 挿入には酷く時間がかかった。痛い痛い、と涙を流すもんだから、加虐心と庇護欲が綯い交ぜになって下半身を直撃する。これだから処女は、という思いが脳裏を掠めたところで、それは今まで避けていたものであったことに気付く。このように痛いと騒がれるのは興が冷めるから、と経験のありそうな女ばかりを選んでいた。それがどうだ、痛いと言いながらも「止めて」とも「抜いて」とも言わないこの女は、やはり俺の惚れた苗字名前だ。1度食ったものを吐き出すのは性に合わない、らしい。参ったね、こりゃ。
「食われちまいそうだよ、お前に。」
 意味を捉えられる前に、半開きで浅い呼吸を繰り返す苗字の口を塞ぐ。口内を舌で蹂躙されるのはイイらしい。ほんの瞬間的に緩んだ下腹部を見逃さず、奥までねじ込んだ。塞がれた口の間から、随分と色の良い声が漏れる。
 ぐしゃぐしゃになった白いシーツに散らばる苗字の黒髪が、どんなAVよりもリアルで興奮した。その上、我慢を重ねて零れる甘い声に混じり、好き、という2文字が聞こえる。泣きそうになった。
 馬鹿だな、俺はずっと愛してたよ。
 「深淵を覗くとき、」なんていう、どっかの哲学者の言葉を思い出した。お前が、名前が化け物として俺を喰らってしまうなら、俺は喜んで同じ化け物に堕ちてやるのにと願ったところで、俺は名前から0.02mm離れたところにて吐精した。
元狙撃手を撃ち抜いた、不可視の弾丸の名前は?

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