軍人としての「人並み」には身体には傷がついている。果たしてそれに誇りに思うかと言われれば限りなくNoである。私に与えられた人生においては、シネマ女優のような透き通る肌はもう二度と望めない。別段欲しいというわけではないけれども、欲しくないと声に出してしまえば途端に嘘と強がりに聞こえてしまうだろう。だから私は自分ではない自分に憧れるなんて不毛な真似はしたくない。
 とは言えど、私は生きていたい。人に殺されるなど真っ平ご免だ。
「さて、君の要求を聞こうか」
 眼前に突きつけられ銃口は見慣れきった我が軍御用達のもの。よく手入れされているそれは、持ち主が几帳面かつ物事に対して真摯な態度を取る人間であることが覗える。
 たとえ、復讐が根底にあるとしても。
「先日の内戦で、あなたがしたことを忘れたとは言わせません」
「なるほどなぁ、君の故郷だったか」
 だから私は殺すための会議は嫌いなのだ。人を殺すのは嫌いだ。命の尊さを問うてるわけじゃない。人が人を殺すということは、自分が殺されることを許可しているに等しい。私は生きていたい。そのためには人を殺すわけにはいかないのだ。こうやって復讐の対象にされるなどあってはならない。そのはずなのだ。
 怒りを抑えきれないのか、口の端から荒い息を漏らす彼は軍曹。腐っても准将の私にこうして銃口を向けるために成した努力は買ってやらねばならない。
「直接手を下した者と、それを焚き付けた者、どちらの方が罪が重いと思う。答えろ、軍曹」
「…自分の置かれている状況がおわかりではないのですか」
「その言葉、そっくり返させてもらおう。私は、どうだね、と聞いているのでははい。答えろ、と命令したつもりだ」
 僅かに銃口が揺れる。甘いなぁ。遠方射撃で後ろからズドンとくれば今頃私は地面とキスでもしていたかもしれないのに。復讐者というのは時としてロマンチストで、悦に浸りたがる。
「遅い。遅いぞ軍曹。その迷いが、戦場で何人の命を奪うと思っている」
「あなたが命を語るな!」
「語るさ。私は生きていたいんだ。君の故郷を焼き払ったのも、仕事を失えば生きていけないからだ。最後の1人まで殺すよう、いや、殺せるように作戦を立てたのも、私に復讐を試みる君のような愚かな人間を遺さないためだ。わかるか」
 グリップを握り直し、引き金に指を掛ける。あぁ、嫌だなぁ、こんな馬鹿みたいな死に方は。次に作戦を練ることがあれば、戦場となる地域出身の軍関係者をまとめて左遷でもさせてやろうか。いやあ、あまり現実的ではないな。
「ちなみに、殺人と殺人教唆はさほど罪の重さは変わらん。時として、殺人教唆の方が長く服役することもあるらしい。つまり、軍曹が私の命を狙っているのは、割と理にかなっている。将軍殺しの罪は軽くて済むかもな」
「馬鹿にするのも、大概にしてください…っ、」
「ただな、お前の野郎としていることはな、軍曹、わざわざ番犬のいる家を選んで盗みを働こうとしているようなものだ」
「…何を言いたいのですか」
 ひゅっ、と息を呑む音がする。得体の知れない相手に銃口を向け続ける、底なしの恐怖でも味わっているのだろうか、私は、そこまで大それた人間ではないというのに。頭も腕っ節も悪くないだろうが、それ故判断力は鈍いようだ。
「今後は牙を剥く相手を選ぶことだ。うちの飼い犬は、しっかり躾の行き届いたシェパードだよ」
 「今後」があれば、の話だが。
 そう言葉を付け加えることができたのは、呆れた顔で、しかし目の奥に恍惚を滲ませた「愛犬」が、若く勇気ある軍曹をただの肉塊へと変えてしまった後のことだった。
尾を振り、頭を垂れよ

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