※Song by Kanzaki Iori

 もしも、何の才能もない人間に産まれていたら。もしも、空気を震わせる爆音ではなく、髪を擦り抜ける風を感じられる耳を持っていたら。もしも、彼女が彼を否定する存在であったなら。嘘のような「普通」に焦がれる彼は、いつどこで傷を負っていたのだろうか。いつのまにか深く抉れてしまった傷に、気づかない振りをして彼は大人になっていた、ただそれだけのことだ。
 もしも。
 Ifというたった2文字に感情を揺さぶられ、とうに忘れてしまった記憶が揺り起こされる。それは誠にシンプルな、大人になりきれなかった幼子のような私の記憶だ。
「そうかい、それがお前か。」
「初めまして、で、合ってますかね。」
「そうだね、半分は。」
 いつだって目の前で悠然と生きている苗字名前という存在は、彼越しに知っている。それはもう、知りすぎているほどに。しかし彼女は私を知らない。

 初めまして、私は「If」としてのゾルフ・J・キンブリーです。

If you xxx me?


「二重人格とは、またお前も難儀だな。」
「別にそうでもないですよ、あっちは私の存在を知りません。」
 気づかない振りをされた傷としての存在だから、何も癒えぬまま、与えられぬままこうなってしまっただけの私だ。気付かれては困る。私はどろどろに濁って汚れた、本物のゾルフ・J・キンブリーの感情や感傷、思考と倫理をごった煮にした掃き溜めだ。知らないでいい、知られないままでいい。
 でもほら、私は彼の幼稚な一部分を持って産まれていますから、多少は彼より我が儘。
「知らないくせに、私をアナタに会わせようとしなかったんですから。狡いですよね。」
「あいつが狡い男なのは、今更だろう。」
「なんだ、それも狡いなぁ。」
 執務室で仕事をしていた彼女を邪魔する午後3時。ほんの微かな怒りを感じる彼女の視線を、どこ吹く風で笑ってみせれば、鈍い溜息が聞こえた。あの口から漏れた息を、彼の見えない傷に吹きかけてやれば、私は消えてしまえるだろうか。
 何が目的だ、と犯行声明を求められる。行儀悪くデスクに乗せた両脚の向こう側で彼女が彼の帰りを待っている。
「やだなぁ、私はアナタと友達になりたいだけですよ。」
「お前にしては、頭の悪い言い方だ。」
「アナタに、愛されたいだけですよ。」
「それが、お前の、答えか。」
「アナタこそ、らしくない尋問ではないですか。」
 知らぬうちについた傷も、態と残した痕も、全て抱えて彼はまだ生きている。その傷痕が膿んだ。それが私を産んだ。どうしてこんな風に産まれたのだろう。だからこそ、その傷、なかったことになんて出来るはずもない。少なくとも、私、には。
「バカめ。お前のカウンセラーに徹して一生を棒に振る気は私には無いよ。精々、同じだけの傷をこさえて、後悔をして、生きていくことしか。」
 そう言って撫でられた頬の温もりは、彼越しに知っている。
 私の腕に彼女は埋まらない。強引に私の、彼の手を掴んで、いつだって前を歩いているからだ。凡人気取りの狂人2人が生きていくための道を紅で染めるために。
軽度の共嗜癖と第三者の干渉

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