毎度のことながら後悔をする。海上を揺蕩うような感覚に苛まれるがしかし、視界の端に捕らえた見慣れた姿に、思わず腹の底から溜息が出た。何に対して、なのかは分かりきっているが分かりたくないとすら思う。
「信用されすぎるのも困ったものですね…」
 無意識にそう声に出していた。
 いつだってそうだ。彼女に付き合わされて呑みに行けば、いつの間にか私が潰され、いつの間にか帰宅している。何故か2人揃って、私の家に。タクシー代を考えれば、私の家の方がバーから近くはあるのは事実。だが、自分の性をわかっていない彼女の行動に、何を言えば良いのか。
 その上、潰れた私と同じベッドですやすやと眠っているなど。
「上官にソファで寝ろって言うのか」
 初めてこの状況に遭遇した朝にそう言われたことがある。呑むときは友人に徹しろと要求してきておきながら、目が覚めたときには都合良く“准将”になる。なんとまあ狡い人だ。何も分からぬ少女ではないくせに。
 いつシャワーを浴びたのか石鹸の香りのする彼女は、どこから引っ張り出してきたのか知れない私のシャツをパジャマ代わりに眠っている。そして相対するかのように、私は昨日の夜の姿のまま。連れ帰って頂けただけ有難いと思わなければならないが、外に出たままの格好でベッドに潜り込んだのは己の清潔感に反する。シーツも枕もまとめて一度洗濯をしなければ。あぁ、でも少し勿体ない気もする。
 居心地の良いぬくもりを求めてか、もぞもぞと寝返りを打つ彼女は酒に強い代わりに熟睡すると少々のことでは起きてはくれない。軍人としてそれは如何なものか。やはり実のところ、この道に向いていないのではないか。でもそうであるなら、私の前から姿を消してしまいかねない。何をどうしても、それは許しがたい。そうなるのであれば、私の好むようにその身体を散らせてやりたい。
 烏のような黒髪、束のような睫、一直線の鼻筋、透き通る頬、潤んだ唇、横たわる甘美な肢体。どれをとっても、軍人にしておくには惜しい。
 興奮には及びがたい緩やかな朝の光が差し込んでくる窓。外には面白みのない朝が広がっている。つまらない朝より、くだらない夜を死ぬまで彼女と過ごしていたいなどと望んでしまうのは、私らしくはない。
 この“掌”から全て零れ落ちたときですら、この女性は留まってくれるのだろうか。
「約束を守るだけが忠義ではありませんよ、名前さん」
 ここには軍人も忠誠も不平も何もない。彼女は何も知らないだろう。そうだ、それでいい。虎穴に自ら飛び込んだのは貴女だ。わかっているようでわかっていないなら、それもいい。人はいずれ死ぬことを知っていながら、いつだってそのことを忘れているように、我々は男と女だということを。
忠誠を瞼に、反逆を唇に

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