転生現パロ記憶有り

* * *

 春は出会いの季節だとか、別れの季節だとか、世間は分かった風に称してくる。所詮それらは区切りにしかすぎなくて、現に私の働く会社でも先日送別会を行ったし、暫くしたら歓迎会だってあるだろう。その時に沸き起こる思いが感傷と呼ばれるモノだとしたら、それらを引っくるめた全てを、季節に込めたい気持ちは、まあ、わからないこともない。
 しかし、春は再会の季節、という売り文句はどうだ、聞いたことがないと思う。
「そういうわけで、ドイツ支社から我が日本本社に異動してきた彼の面倒を、苗字さんに頼みたいんだよ。」
「……社長、それ、本気でおっしゃってますか。」
 新年度早々、社長室に呼び出されて内心冷や汗をかいて損した(正直、年度末の処理で何かミスしていたかと思った)。部屋で待っていたのは、いつもどおりの人の良さそうなダンディズム溢れる社長と、形容しがたい状況だった。
 最後に会ったのはいつ、どこでだっただろうか。問いかけるまでもなく全てを鮮明に覚えているが、思い出したくないのは何故だろうか。嫌な思い出なわけがないのに、気づかない振りをずっとしていたかった。
「彼女、入社3年でキャリアはまだまだ短いけど凄く優秀だから、安心して。」
 社長直々にお褒めいただけるのは嬉しい限りだが、エリート臭ばりばりの外国人男性1人の面倒を見る仕事は荷が重すぎやしませんか。そんなありふれた文句は、その彼によって憚られる。えぇ何も心配していません、と言って差し出された彼の右手は、相も変わらず色が白く、それでいて骨が太い。仕方なく私も右手を差し出したのだが、次に発された言葉に、彼の手よりも私の顔は青白くなったに違いない。
「ドイツ支社より参りました、ゾルフ・J・キンブリーです。どうぞよろしくお願いします、苗字さん。」



「なんでまたこうなったんだろう……」
「運命、じゃないですかね。」
「上手いことを言うなよ。もはや因縁だろう、これは。」
 営業周りの車中、気の抜けてしまった私を余所に遠き日の部下であり友人でもある男は笑った。
「でも私は少し期待してたんですよ、正直なところ。」
「何に。」
「日本に栄転することになったとき、貴女に会えるんじゃないかと。」
 空気を撫でるような動きで右に切られるハンドルに、私の身体は着いていけずに揺られた。
 かつて長かった筈の髪は、いっそ不自然と思うほど首元で綺麗に切り揃えられている。下ろせば頬にかかるくらいかと思われる前髪は、やはり整髪剤で後ろに流されている。馬鹿みたいに“現代人”だなぁ、と、これまた馬鹿みたいな感想だけが胸中で燻った。
「良かったな、希望が叶って。」
「えぇ、本当に。」
 彼はそう言って春の陽気みたいに笑みを浮かべたが、はたしてこんな風に笑う男だったか。記憶の糸を手繰り寄せても、どうもそうは思えなかった。



「一応、近辺の主要な得意先は今日行ったとこ。そんなに気難しい人は居ないし、それなりにうちの会社は信頼もあるから、悪いようにはされないと思う。」
「その信頼のうち幾つかは貴女が勝ち得たものですね?」
「おや、さすが、よくわかったな。」
「器用すぎることはありませんが、駆け引きがお上手なのは“昔”からでしょう。」
 直帰の許可は貰ってあったので、少しまだ日は高いが休憩も兼ねて川縁を歩く。その手にはドライブスルーした某ショップのコーヒーを持って。
 普段は年配の夫婦やジョギングをする人がちらほらと見えるだけの場所だが、今は桜が満開だ。どこから沸いてきたのかわからないギャラリーが、桜を目当てにそこを埋め尽くしていた。圧巻だ。
「しかし……これは凄いですね。絵画のようです。」
「……ドイツに桜はなかったか?」
「いえ、ありますよ。」
 私はテレビで見たドイツの風景を思い浮かべ、そこに桜の木を植えてみた。やけに幻想的な風景が出来上がる。
「例えば…そうですね、ベルリンの壁の跡地にも桜が植わってます。」
「そうなのか…!」
「壁くらいは貴女もご存知でしょう。」
「崩壊は私の生まれる前だけど。」
「……まぁ、いいでしょう。私も似たようなものです。」
 それでも、日本で見る桜はやはり違うと彼は言った。きっと、私もドイツで桜を見れば同じように思うのだろう。
 人の儚さを桜に喩えることもあるけれど、人は桜のように美しく生きられるだろうか。甚だ疑問だ。疑問にすらならないかもしれない。しかし、横で漏らされた言葉を耳で捕らえ、そんなことは杞憂に過ぎないことを知るのだ。
「あぁ、美しい……!」



「ところでキンブリー、朝から気になっていたことが1つ。」
「なんです。」
「よくそこまで自然な日本語を喋れるね。」
「あぁ、母が日本人なので。父とはドイツ語、母とは日本語で遣り取りしてました。両親同士はドイツ語で話してましたね。」
「……ここにきて新たな一面を見た気分だ。」
「やっぱり名前さんは、時々少しだけバカですね。」
口から虚ろを、その手には愛を

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