Twitter
#キン曜日はキンブリーデー 提出用

* * *
 目の前に悠然と立つ男に、リザ・ホークアイは居心地の悪さを覚えていた。
 今朝、急遽決まったロイ・マスタング准将と苗字名前中将の“密会”は、中央司令部の端の端にある書庫で行われるとマスタング本人が彼女にそう言った。忠臣故に断るという選択肢は元よりなく、人払いとしてホークアイは連れてこられたのだが、失念していた事項が1つ。
「おや、これはこれは、久しぶりに見る顔ですね。」
 腹の中に底知れぬ紅蓮の魔物を住まわせている、ゾルフ・J・キンブリーというこの男が名前中将の番犬であるということを。
 自ら手にかけた人間の顔を1人残らず覚えているこの男が、イシュヴァールの地で死んだ顔で銃を握りしめていたホークアイを、覚えていない筈がなかった。今でこそホークアイは、殲滅戦での経験を礎に、ホークアイ自身の意思で地を踏みしめているが、やはりこの男の見透かすような視線は耐えがたく思った。
「少しは良い顔に、なったじゃありませんか。」
「おかげさまで、生き長らえています。」
「それは、よかった。」
 小さな扉の前に静かに並ぶ男女の影が、怪しく鎮座している。太陽の光が届かない廊下の果てで、交わらぬ視線だけが揺らいだ。
 互いに人払いを仰せつかっていることは言うまでもなかったが、ホークアイは「楽しく会話をしていろ」とまでは上官から命じられていないことを思い出し、順調に過ぎていく時間に身をゆだねた。それでも思い出してしまうのは、乾いた砂漠と人の焼ける臭い、引き金をその人差し指で引く感覚と、まるで生温かい血液のようにぬるつくあの日問いかけられたキンブリーからの言葉であった。
「私も、生き長らえています、どうしたことでしょうね。」
「……苗字中将の手引きでは、ないのですか。」
「随分と物を言うようになりましたね、大した物です。」
 国家に背を向ける大罪を働いた男が、再び国家に身を投じる不可思議と気味悪い違和感。国家ぐるみだった例の計画を知る人間であれば、誰もが抱くその矛盾。それに対する解を持つのは、この静寂をセレナーデのように味わう魔物と、書庫の中で言いしれぬ悪巧みを思案しているであろう美しき狂人だけなのだ。
「貴女やマスタング准将はきっとまだイイモノになります。」
「……どういうことですか。」
 何の脈絡もない、予言にも似たキンブリーの発言に、ホークアイは反射的に返事をしていた。その目はどこか彼に噛みつくような鋭いもので、その目を見たキンブリーは楽しそうに口の端を吊り上げる。
「イシュヴァール戦時、あの人……苗字中将があなた方を戦闘要員として重宝し、何かと手を回しその命を守っていたくらいです。ですから、軽々しく死なないでください。」
「…苗字中将が、私たちを…?」
「私の言うことなど信じなくても構いませんが、今ここに存在している命についてはよく考えた方がいいですよ。」
 念押しのその言葉は、苗字中将を疑うな、という命令のようであった。それはまた、1つの違和感となってホークアイの胸の内に沈んだ。



「キンブリー、帰るぞ。マスタングとの交渉は決裂した。」
 些か不機嫌そうな苗字が書庫の扉から顔を出したのは、それから10分ほど後のことだった。残念です、と一言マスタングに声をかけられた苗字が「次に期待しているよ。」と笑った。その顔が先程のキンブリーの表情と重なって、ホークアイは見間違いかと瞬きを繰り返す。その様子を目聡いキンブリーは見逃さず、思わず声を漏らして笑った。
 夢にまで見た平穏と、一滴の混沌が綯い交ぜとなって彼らを包んでいた、春近づく特別でもない日の話だ。
ハイスピード ララバイ

back

top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -