「最近、修復に時間を要すようになりました。」
「…俄然、回数制説が濃厚になりましたか。」
数年ぶりに顔を合わせて真っ先に言われたのは、ソレだった。
真冬のブリッグズは、出所直後と病み上がりの身体には堪える。それに追い打ちをかけるように、懐かしい顔を見た。
「少佐が投獄されてから、大変でしたよ。私は全く何も聞かされていないのに、共犯者だと見なされて酷い拷問を何度も受けました。その度に死んでは蘇って、そしたら軍の研究者が興味を持って人体実験に回されて。実験対象にされるのは拷問より遙かに辛かったです。あのときが人生で一番、死にたかった。」
苗字名前中尉という女性は元来あまりに強い精神を持っていた。その精神力を基盤として、思考や肉体を形成し、特異な体質も相まって軍人として闊歩している。その彼女から「死にたい」という言葉を引き出すほどの人体実験とは、如何ほどのものであっただろうか。私自身も、世間一般とは幾分か逸脱した存在であることは既に自覚しているが、流石に同情を禁じ得なかった。しかもそれが私の行動に起因するものであるなら尚更のこと。
そのような感情を、まさかブリッグズ兵に悟られるわけにもいかず、さりげなく彼女の視線から逃れた。そうは言っても、今現在は彼女自身もブリッグズ兵ゆえ、あまり意味を成さないものではあった。
「有難いことに、人体実験に飽きた研究者に、ぼろ雑巾みたいに捨てられたところをアームストロング少将が拾ってくださり、今に至ります。何か、弁明はありますか、キンブリー少佐殿。」
「いえ、何の申し開きもありません。」
これではどちらが上官かわかったものではないな、と思ったものの、すでに軍位は剥奪されているから悩むことではない。相も変わらず天に向かって聳えるような中尉の姿勢には感服せざるを得ない。
いや、階級章が増えている。
「今は、苗字少佐、とお呼びした方が良いですかね。」
「悲しいほどに違和感がありますね。」
「奇遇ですね、私もです。」
かつての関係故に暫し時間を与えられただけの彼女と私を、後方からマイルズ少佐が睨み付けているのを知っている。しかし、今後の私について彼女が知っていることは何一つとしてない。イシュヴァール戦後と、同じように。
だからこれは本当に単なる世間話だ。
「…何度死んでも痛いものは痛いのですが、死ぬその瞬間というのはその限りではないのです。」
「それは興味深い。」
「徹夜明けに自分の寝室のベッドで眠りに就くような感覚です。」
最近はその感覚が以前にも増して心地よいものになっているという。そして、快復までにかかる食事量と時間が段違いに増えたということ。寿命を磨り減らしている、という仮説が真実に近づいている。
とは言え、あくまで人間だからこそいつ死ぬのか、目処は立っていない。だからと言って死を怖がるような女性ではないが、その瞬間まで彼女の肉体が誇らしくこの地に立っていていることを、どうしようもなく願ってしまう。
「少佐が、」
「私はもう少佐ではありませんよ。」
「………キンブリーさんが、いつか死ぬとき、同じような感覚を味わえることを願っています。」
「何年経っても、さらりと酷いことを言いますね、貴女は。」
私は思わず頭を抱えたが、彼女が本心でそう言っている以上無碍には出来ない。胸の奥で芽生えた「愛おしい」という感情が花を咲かせないうちに、溜息にして外に出した。
何が可笑しかったのか、彼女はふ、と笑って「では」と短い別れを告げてその場を去った。
「ああ……貴女はそんな風に笑う人だったのですね…」
その部下は、いや、その元部下は死ななかった。
何の比喩でもなく、本当に死ななかった。
銃弾の雨を受けようと、地獄の如き業火に身を焼かれても、屠殺される豚のように切り刻まれても、決して死ななかった。
だから、きっと、死に方も死に場所も選べず死んでゆく私を見ても、死なないだろう。
それでいい。
あの背中と腰が曲がるほどに長く生きられなくても、笑って生きていてくれるならばそれで。
そんな、あまりにも「人間」らしい感情を最後の最期に抱きながら、私は、傲慢の影が近づくのを感じていた。
明日には消えゆく陽炎