彼女は真の意味で「死ぬ」のか、という疑問はいつだって持っていた。
風邪を引くことも、頭の痛みを覚えることも、腹を壊すこともあるのであれば、いずれ老いによる肉体の終わりが来るだろう。現に、赤子からこれまでの成長が、彼女でさえも老いには逆らえないことを物語っている。また、彼女自身が「致命傷レベルの怪我に対して」はその体質が発揮されると言っていたことから、老いや病には無効なのだろう。つまり彼女が常軌を逸した存在でいられるのも、精々寿命が訪れるまで。
現在、寿命については男性より女性の方が長いという。そうであれば、私より中尉の方が永く生きるのかもしれない。中尉が自称するNEVER DIEが本当はNEVERでないように、Foreverもないのだから。
「少佐、眉間に皺が寄っています。何をお考えでも私は構いませんが、瓦礫沙汰は困りますよ。」
「私だって時と場合を選んでいますよ、これでも、一応ね。」
 生死とは程遠いほどの日常業務を行い過ごす日々は、いつだって平和だ。時として全てが崩れ去る大きな音が聞きたくなることもあるが、それとは真逆の静かな叱責が耳を掠めてゆくのだから困る。
 先の銃撃事件の翌日には無事に退院をした中尉は、平然として本日も事務作業をしている。いつ如何なる時も彼女の背中は丸まりはしないが、やはりどこまでも人間の女性らしい丸みは帯びている。いつしか、その背中は、腰は曲がるのだろうか。その姿を、私は一目見てみたいと思った。



「私の“ネバーダイ”がもし回数制だったらどうしよう、とは、思っています。」
 年老いた彼女の姿を思い浮かべて遊べるくらいの日常は、そう昔の話ではない。ほんの数ヶ月前のことだ。それなのに、もう数年も前のように思うのは何故だろうか。どれだけ砲弾が乱れ狂い、瓦礫が崩れ、火薬と熱風を浴び、阿鼻叫喚の最中に身を置き、自らが昂ぶっても、目の奥でかすかに蠢くその日常を思い出しては歩みを鈍らせる。
 イシュヴァールの夜を湿らせるのは、このような場所であろうともしゃんとした中尉の声だった。
「或いは、寿命を磨り減らして修復をしているのかもしれない、とも。」
「なるほど。」
 長寿が必ずしも幸福であるとは限らない。少なくとも今このときに「死にたい」と願っても死ねない中尉は不幸だ、と決めつけるのは私の役割ではない。それは他の誰でもなく、中尉が決めることなのだ。
 自殺は、どちらにカウントされるのだろうか。
「だから、私の本来の寿命、もしくはネバーダイが回数切れになる前に、少佐には死んで欲しいです。」
「上官に対して、とんでもないことを言いますね。」
 戦争をしているなど思わないくらいに静かな夜だ。砂塵が冷たい風と共にテントへ潜り込んでくる。場所は違えど、いつかの執務室と何ら変わりないように、その時は思った。
 自殺以外で人が死ぬ瞬間の条件を定めることなど不可能だ。私も、中尉も、死ぬときは限りなく身勝手な条件を、神だとか世界だとかいう非常に曖昧すぎるモノから押しつけられて死ぬ。そういうものなのだ。これは諦めなのではなく、予め決められた。安い辞書にだって載っている言葉で表現できる、同じように安い言葉だ。
今日を生きる我々の運命

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