その部下は死ななかった。
 何の比喩でもなく、本当に死ななかった。
 銃弾の雨を受けようと、地獄の如き業火に身を焼かれても、屠殺される豚のように切り刻まれても、決して死ななかった。
 厳密に言えば、そうやって殺される度に死んではいた。正確に言えば、死んでも蘇ったのだ。人間の摂理に反するその部下は、自らのことをこう言った。

NEVER DIE


 その部下は、名を苗字名前といった。階級は当時中尉だった。ショーケースの向こうのマネキンのように整った顔に、様々な訓練や演習によって少々荒れてしまった手、針金のように真っ直ぐの背筋が印象的だった。そしてその表情筋の動きは乏しく、先に述べたように、まさしくマネキンのような女性だった。
それでもまあ、優秀であると噂に聞く中尉であったし、事実、非常に優秀であった。当たり前のことを当たり前に、また、先を読んだ行動ができた。書類の提出期限を守ることや銃の手入れは、まるで息をするように行っていた。護衛もお手の物で、私自身はそれほど護衛を必要とはしていなかったけれども、戦闘能力も高かった。銃の扱いも、体術も、何をするにも無駄のない動きで、そこに関して言えばマネキンというよりも、そうだ、あの言葉がふさわしい。
「人間兵器、ですか。それは少佐たち、国家錬金術師のことではなかったですか。」
「貴女、時として辛辣なことを言いますよね。」
「それは失礼致しました。しかし、何をどうしたところで少佐も私も、人間でありますよ。」
 歪みのないその姿勢を、微かに私の方へ傾けて中尉は言う。そのとおりだ。どのように呼ばれようと、我々が人間であることは死ぬまで、否、死んでも変わらない。変わることなど出来ない。
 ただ、今私が言いたいのは、そういうことでもなかった。
「まったく……幾ら死んでも身体が修復するからと言って、文字通り身体を張って私を守らないでください。私の心臓が保ちません。」
「申し訳ありません。」
 突如街頭で向けられた、確固たる殺意が込められた砲弾を真正面から受けた彼女は死んだ。その、柔らかくも鍛え抜かれた身体に無数の穴を空け、夥しい程の出血を伴って。だがしかし、やはりと言うか、数時間後には穴も流血も、何もなかったかのように彼女は気怠げに身体を起こした。すると、こういう時彼女は決まってこう言う。
「お腹がすきました。」
 中尉は造られた存在、例えば賢者の石を核に持つ人造人間ではない。あくまで人間の父親と母親から等しく遺伝子を受け継ぎ、母親の胎から生まれ落ちた紛う事なき人間。与えられたその体質は、突然変異なんてレベルを遙かに超えた業のようなものだ。信心深くない、寧ろ神など居ないと知っている化学者の端くれである私ですら、この中尉の体質が神から与えられた罪とか罰とか、はたまた愛だとか呼ばれる類いのモノではないか。そう思ってしまう。
 身体を構成してる物質も他の人間と全く変わらない。臓器も誰と違うこともない。冬になれば風邪を引くし、春の暖かさに微睡むことも、夏の暑さで汗を掻き、秋になって感傷を覚えることもある。だからその修復能力は人間的に行われる。端的に言えば、ただの栄養補給だ。貧血には鉄分、肌荒れでビタミンを摂るのと全く同じ事だ。異なるのは、基本的にその体質が壊滅的なまでの身体破壊があった場合であるから、鉄分やらビタミンやら部分的な摂取では当然修復を賄えるわけもなく、血となり肉となるようにありとあらゆる栄養分を欲する。つまるところは極度の空腹を訴えるのだ。
「その身体は、実のところどうですか。」
「……」
 5皿目のスープを嚥下しながら、彼女はそう問うた私に目をやる。病院食など、さほど美味しいものでもないだろうに、飢餓状態の彼女は実に美味しそうに食事を摂っていた。まさか、自分を守ってこんな目に遭った(恐らく守ったのは反射的にだろうけれど)彼女を1人病室に置いておくほど、私も冷たい人間ではない。これまたそんなに美味しいこともないコーヒーを飲みながら、彼女の返答を待つ。
「物心ついたときから、致命傷レベルの怪我に関してはこうでしたから…それが便利なのか不便なのかは、考えたことがなかったですね。修復後にやってくる空腹には、どうにも慣れませんが。」
「そんなものですか。」
「そんなものです。誰だって、元より胃腸が弱いとか、目が悪いだとか、あるではないですか。私の場合はそれが、異常なまでの身体修復能力だった、それだけだと思っています。」
 シンプルで前向きな答えだった。その表情は相変わらず明るいものではなかったが、不思議と悪い気はしなかった。
昨日見た血の色に似た朝日

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