新年おめでとうございます。
年越しのお話です。

* * *
 私という人生において友人と言える人間は片手で数えるほどか、あるいはその数すらもいない。物心ついた頃から自身が異端であることを自覚し、それ故に理解者を求めることもなかった。そうすることが最も有効な保身であったから。保身、を働く程度には、生きていくために「普通」であるように努めたのは、私の核を知る者からすれば滑稽に見えるかも知れない。でもやはり、それを知る者など片手ほどなのだ。
 生きていくために、そう、生きていくために手段を選ばないのは私だけではないことを知ったのは苗字名前という女性と出会ってからだ。生来の頭の良さと、私という武力を、彼女が生きていくためだけに惜しみなく使う。至極シンプルで、どこまでも自己中心的で、そして強い信念を感じる。泥臭くとも光を失わない美しさに、ありふれた言葉で表現するのなら、惚れたのだ、私は。
 その苗字名前という女性は、私より幾つか年が下で、しかし階級はいつしか幾つも上になっていた。だがそんな彼女と「友人」になれる瞬間がある。きっと私の持ちうるその人数からすれば、親友なんて言葉を使っても差し支えはないのだろうか。
 今夜はその“親友”となんてこともない深夜を過ごしている。
「今、何時だ。」
「日付が変わる5分前です。」
 じゃあもうすぐだな、と両の手を摺り合わせながら名前さんは笑う。人気のない廃墟の屋上、意外に鉄柵は錆びず意味を成してる。2人で柵に寄りかかり、ちかちかと瞬く星と全てを吸い込まんとする闇に満ちた空を見上げた。
 あと5分で年が明ける。
「あ、そこのバッグにウイスキー入れてきたんだ。」
「用意周到ですねぇ。」
「割り材は面倒だから持ってきてないぞ。」
「まったく…。」
 分厚いながらも繊細な紋様の施されたグラスが2つと、一目見ただけで値の張る物だと分かるウイスキーボトルが、彼女が指差したバッグから転がる。ボトルの蓋は芳醇な音を立てて開く。薫りは鼻孔を優しく焼き尽くし、喉と肺を満たした。
「喜べゾルフ、今年の新年の花火は結構派手に上げると聞いたぞ。」
「それは有難い。センスの良い花火だと、なおのこと。」
「センス、ねぇ。」
 理解しがたいという表情を隠すこともなくウイスキーを煽る名前さんの服装が、普段よりやけに厚着なのがどこか可愛らしいと思う。花火を上げるために街灯りが控えめな今、事実はどうかわからないが、なんとなく真っ赤な鼻をしているのではないか、とくだらない想像をして思わず息が漏れた。
 それとほぼ同時に、空を切る音がして良い音が轟いた。
「…確かに、今年は昨年よりも少々派手ですかね。」
「だなぁ。」
「新年の花火にこれだけの火薬の使用許可が降りるなら、私にも降りませんかね。」
「それは無理だろうなぁ。」
「あ、硝酸バリウム。」
「それは何色だ。」
「緑色です。」
「ではお前の色は?」
「紅ですか?それなら炭酸ストロンチウムですね、あ、ほら、あの色です。」
「おお、綺麗だな。」
 綺麗だというならそれは、と喉元まで出かけた言葉を、アルコールに侵食された理性で押しとどめた。手足の末端がすでに熱を持って仕方がない。心地の良い花火の音だけのせいではないと自信を持って言える。
「あ、そうだ、新年おめでとう、ゾルフ。」
「おめでとうございます、名前さん。」
 かちん、と2つのグラスがぶつかる音が、花火の合間に静かに響く。親友、なんて言葉で誤魔化された曖昧な関係は、どれくらいの衝突で消え失せるのだろうか。今のグラスのようか、もしくは夜空で弾ける花火ほどか。
 友人も親友も、片手で数えられる程でいい。ただ、貴女との関係がたった1つのものであればいいのにと無意識に願ってしまう。柄にもない、と頭を振った拍子に空を彩る光に照らされた彼女の頬が、彼女自身の言葉を借りるなら「私の色」で染まっていたのを見つけた。途端にどうしようもない優越感が腹の内に生まれる。もしかしたら私は異端でもなんでもないのではないか。そうすれば素直に彼女を愛せたのではないか。それでもなお、彼女との、名前さんとの関係に明白な答えを出せずに居る限り、私は世界からはみ出た存在であることを覆せないのだ。
「今年もよろしく頼むよ。」
 なのにその笑顔で、線引きの外に居る私を内側に引き寄せるのだから狡い。
 私の片手を、友を数えるためではなく、いつか彼女の手を引くために使えるだろうか。
SrCO3の麓にて

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