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#キン曜日はキンブリーデー 提出用
共通お題「右肩上がり」「櫛」 

* * *

「珍しいですね、困った顔をしてますよ。」
「だろうな、難解な問題だ。」
私の放った嫌味に、彼女は素直に肯定を返した。ばさり、と乱暴に机へ投げ出された書面はどうやら軍議の文書ではなさそうだ。質のいい羊皮紙に書かれた、品のいい文字列。
「おや、パーティへのお誘いですか。」
この国に住まう者なら一度ならず何度でも耳にしたことがある財閥の名前がそこにあった。私の記憶が正しければ、あの一族に軍関連の人間はいなかったはずだが。
「ご子息の誕生日パーティだそうだ。」
「その心は?」
「有名財閥は未だなお右肩上がりの業績を叩き出しているらしくてな。ついに軍事にも手を出したいようだ。」
「あぁ、それで貴女が。」
国で一番の軍師を呼びつけて、軍の要するものを聞き出そうという至極単純な話だ。それならばこの憂鬱そうな態度にも合点がいく。元よりパーティなどという華美な場を好まないという性質を退けても。
「化粧もドレスも面倒だ。」
「ドレスくらい私が見立てて差し上げますよ。」
怠そうに机に伏せる彼女は、これだから錬金術師は、とぼやいたが、ドレスを仕立てるとは一言も言っていないつもりだ。

元より顔も身体の造りも世間一般の「普通」を上回る彼女は、必要最低限の化粧しかしない。ノーメイクだと男共に舐められる、と憤慨していた時のことを思い出しては「女性というのはどんな職についても大変なのだ」と巷に溢れるジェンダー論に辿り着く。
鏡の前に座る彼女の、黒く長い髪を櫛で梳かしながら「お揃いだ」と、らしくもないことを思った。濡れたように艶やかな髪に、私と彼女があくまで違う「人種」だと思い知らされた。
「キンブリー、まだか。」
憂いを帯びたブラウンの瞼と、不満の色が濁る焦茶色の瞳が鏡越しに私を睨む。少女と女性が混在するその視線を、どうか会場で振り撒かないことを祈るばかりだ。
「薄化粧ですねぇ、いつもと何が違うんですか。」
「服装。」
「屁理屈はおやめなさい。」
まったく、と口にするが何の意味も成さない。ドレスから伸びる細い腕に触れないよう、長いその髪を左に流した。途端に露わになる艶かしいうなじには見ないふりを決め込む。
「ほら、できましたよ。」
「ん、手間をかけたな。」
「しかし…男に舐められたくないならもう少し派手になさい。」
「こんな派手な色のドレス着た上にか。」
何が不服なのか。子供っぽく見えないように、それでいて年増に見えないように選んだ臙脂色のドレス。白い肌によく馴染んでいる。
「あと髪は後ろにしてくれ。」
「なぜ?」
「背中にも傷がある。腕より酷い傷だ。」
「それは貴女が逃げた証拠ではなく、守りたいものを守った勲章ですから、隠さないでいてください。」
それを見て顔を顰める者がいるなら私の前に連れて来なさい。そう伝えてもまだ反論してくる彼女こそ、私の愛する貴女だ。でもこればたとえ貴女相手でも譲れない価値観。
今日限りの淡い桃色に彩られた口は、頭より先に生まれてきたのだろう。
「貴女が今晩出向くのは言論大会ではないのですから、その見目にふさわしい振る舞いを、Lady?」
「むかつく。」
「笑顔を忘れてはいけませんよ。」
「お前の作り笑いを拝借していこうか。」
「ちゃんと返してくださいね。」
そう声をかければ彼女は、にっ、と笑ったが、私はそんな風に笑った記憶はない。多分これは彼女なりの冗談だろう。
「…23時には迎えにあがりますから。」
「厳しい門限だ。イイトコのお嬢様か、私は。」
「ええ、私だけの。」
思いがけない答えだったのだろう。目を丸くした彼女に堪らない熱が沸き起こり、思わずその唇に噛み付いた。
「グロスが取れたぞ。」
「…やはり紅いルージュにしませんか。」
「……お前がそう言うなら。」
これは、誰に、でもない、牽制なのだ。
紅蓮のサンドリヨン

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