「お前の元上官、とんでもなくおっかない女だったよ。」
 怒りを隠すこともなく人造人間はそう言った。興味本位で聞いてみれば、銃弾は弾切れするまで撃ち込まれ、弾切れしたあとは刀で首を貫かれたとのこと。元来自分の考えが通らなければ激高するほどには、気が長くない女性だった。目の前の人造人間が彼女に何をしたか(あるいは言ったか)は知らないが、機嫌を損ねるには充分だったらしい。
 投獄されてから出所する今日この日まで、1日たりとその女性のことを忘れてはいない。ただ、どんな顔で笑い、どんな声で話していたかは思い出せなくなっていた。忙しいのか、あんなことをしでかした私に愛想を尽かしたのか、1度だって面会に来てくださりはしなかった。来たところで「面会不可」の要注意人物扱いだったから結果は何も変わらないのだが。
 人手不足だと言って仕事と資料を渡してきた人造人間は、ぶつくさと文句を垂れながら車を運転している。なんでもいいが事故だけはよしてほしい。出所した直後に交通事故死なんて、あまりに美しくない。
「人殺しをしないって聞いてたから余裕だと思ってたのにさ!」
「そりゃあ、貴方が人間ではないからでしょう」
「なんだよ、おんなじこと言うなよ…!」
 あぁ、彼女にもそう言われたのか。失敬。
 それにしてもこの人造人間が少しだけ羨ましいと思った。私が彼女から与えられたのは庇護と慈愛だけで、殺意という究極の感情は与えられなかった。それを迷わず向けられた、この人造人間が羨ましい。呆れた感情だとはわかってはいるが、もう止められないものだと諦めはついている。
「キンブリーがどうなってもいいのか、って脅したんだけど、顔色1つ変えず発砲だよ。可愛げのない」
「…可愛げはないかもしれませんが、彼女の信念は美しいですから」
「そうかよ」
 渡された資料を、一言一句残さず読み込むのは元々の癖と、何もかも頭に叩き込む元上官を見ていたからだろう。ふとした行動や思考の片隅に、いつまで経っても彼女が居座っている。まるでお守りのように。
 そう、彼女の信念は美しい。どこまでも利己的で、どこまでも優しい欲の塊で構成された信念。四方八方を塞がれようと弁論でこじ開けようとするくせに、無理だと分かると私という存在を武力にする。それでいて戦いの場からは決して逃げない。清々しくて、混じりけのない行動理念だ。唯一、あのイシュヴァールの地で、彼女を戦場から連れ出そうとした戦場ジャーナリストがいた。彼は彼女を上っ面程度も見定めることもできず、剰えその信念を踏みつぶそうとした。真っ向からあの信念に向き合うこともできない脆弱な男に、彼女の隣が務まるわけがない。務まって良いわけがない。私以外の、誰にも。
「……変な気は起こすなよ、キンブリー」
「えぇ、わかっていますよ、私の信念にかけて」
 もしも彼女の、名前さんの信念が歪む日が来るとするなら、そう遠くない。その日はきっと世界がぐるりと1回転して変貌してしまう日だろう。私はソレが見てみたい。そうすれば名前さんは私に銃口か、あるいは刀の切っ先の1つや2つ向けてくれる筈だ。
地球儀が半回転

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