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#キン曜日はキンブリーデー 提出用

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 視察に来た地ですれ違った見知らぬ母娘の姿を、無意識で目で追っていた。めざとい部下はそれに気づき、笑った。
「懐かしんでいるのですか、母親と手を繋いで歩いていた頃を。」
「まさか。私の母…父もだが、そうしてくれた記憶はないな。」
 よい軍人ではあったが、よい両親であったかと言われればなんとも言いがたい。2人揃って家にいることは非常に稀であったし、それが当たり前だった。それ故、思い出が美化されていることを差し引いても甘えたことなど片手で事足りるほど。したことがないものを懐かしめる器用さは持っていない。
「ただ単純に羨ましいとは思うよ。」
「そうですか。」
 ここは比較的事件も少なく平和な土地だ。喧噪もなく、少し市街地を外れれば牧草地帯が見える。先程の母娘も、きっと農牧をして暮らしているのだろう。穏やかな2人だった。
「では、私と手を繋ぎますか。」
「馬鹿を言え。軍服のままでか。」
「おや、私服でなら迷わず繋いでくれるのですか。」
 差し出された左手には言わずもがな錬成陣が描かれている。それに戸惑わず右手を差し出すつもりは毛頭ない。冗談半分本気半分で物を言う彼は、上官だが年下の私をからかっているのだ。心地が悪いと思ったことはないけれど。
「恋人はおろか友人でもないだろう、私と君は。」
「呑みに行った夜だけは友人ですよ、私と貴女は。」
「…それも一理あるな。」
 そんな約束もあった。あまりに慣れていて、忘れてしまうこともあるものだ。木枯らしが吹いて、からからと落ち葉が転がっていくのが見えた。太陽も気温も落ちてきた。
「なら今晩は呑みに行くか。」
「えぇ、いいですよ。」
「帰りは手を繋いで?」
「喜んで。」
 ほら、やはり私たちは恋人ではないよ。恋人なら手を繋ぐ約束なんてしないじゃないか。ゆっくりと冷えていく身体を寄せ合うこともないくせに、寒いことを言い訳にしてそんな約束を結んだ、とある平日の話だ。
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