私は今、非常に困っている。屋外から騒がしい足音が2つ聞こえる。いずれも軍靴の重苦しい音だ。1つは粗暴、もう1つは焦りはあるものの乱れのない音。後者は非常に好みだ。しかし困った。面倒ごとは嫌いだ。
「レイモンド少将っ、お待ちください!」
「黙れザイツ!」
 ばさっ、とテントが空気を裂いて開かれる。そこにはどうだ、思った通りの人物が立っていた。腹に肉を蓄えたついでに脳みそまで脂肪に犯された少将殿、と彼のことを嗤ったのはいつだったか。アーロン・レイモンドという少将は今時フィクションにも登場しないような、子悪党染みたエリートだ。ある意味では称賛に値する。30代半ばでその地位を手に入れるため、あらゆる会合に出席したのだろう。見事なビール腹を見て、私も酒は好きだがこうはなりたくないものだ、と毎度思う。どうも自分よりも若い女が、自分と同じ地位までまもなく、という現状が気にくわないらしく以前より突っかかってくる。
「苗字准将殿、いつまでこんな細々とした戦い方をしているつもりだ!なんのために国家錬金術師まで投入してると思っている!!」
 汚らしく唾を吐き知らしながら、私にそう喚くレイモンド少将に既視感を覚える。なんだったか、ああそうだ。
 まだ学生をしていた頃に見た映画に出てきた、偉そうだけどすぐに死ぬ上官。
「聞いているのか准将!」
「あぁ…なんでしたっけ、ジーク?」
「……少将は、さっさと国家錬金術師ぶち込んでイシュヴァール人を皆殺しにせよ、と」
 ジーク、と呼ばれた男はそう答えてくれる。彼はジークムント・ザイツ少佐。人間兵器として招集された国家錬金術師の元部下の後任として宛がわれた男だ。軍人らしい筋肉は備えながらも高くそびえるような身長、切れ長のグレーの瞳に据えられた線の細い銀色の眼鏡が、彼を冷たい男に見せる。しかしソレは全くの杞憂というもので、内面は案外俗っぽく、私の部下としては申し分なく優秀。なにより皮肉も理解できる。
「はぁ…それは無茶というもんです、少将。銃弾は無限にあるわけじゃありません、況んや兵士をや、ですよ」
「だからこそ人間兵器を参戦させているんだろうが!!」
 じゃあお前が最前線で玉砕でも何でもしてこい、という言葉が喉どころか舌の上まで乗ったが、少将の後方でジークが腕でバツを作って制止してくる。その間も少将はえらくお怒りのようで、私の地位や考えから始まり、作戦や元部下のことまであれこれ口出ししてくれた。
「大体、大総統閣下直々の拝命で参謀役をしているからって好き勝手に策を決めすぎなのだ!仲間を死なせないことがこの戦争の目的ではないとわかっているのか!」
「兵士を何人死なせても良い、とも仰せつかっておりませんもので」
「屁理屈を抜かすな!まったく、キンブリーといいお前といい、軍の規律を乱しやがって……!」
 お前もな、と赤い舌を覗かせながらジークが静かに唇を動かす。思いの外、私は彼を気に入っている。誰かに似ているわけでもないのに。収まりが良いのだ。
 こういう人間は膨らみきった風船のようなものだ。突いたところで良い結果など生まれやしない。時間はかかるが、萎むのを待った方が幾分かマシ。ドスのきいた少将の声を右から左へと流す傍らで、これからの進軍について考えることとした。
 参戦している国家錬金術師は軒並み生きている。特にバスク・グラン大佐は持ち前の威勢と頭の良さで、私の立てた作戦を理解し遂行していってくれている。小娘と笑われたこともあるが、どこぞの誰のような扱いではなく敬愛を持って接してくれている希有な人物だ。コマンチじいさんは相も変わらず好戦的らしく、遂に右足を持って行かれたらしい。気の毒だが、命に別状はないようだしこれを機に隠居でもしてくれた方がこちらとしても心労がない。アイザック・マクドゥーガルは、水分が少なく乾燥したこの地ではうまく使ってやることができないため後方支援に回したが、それを伝えたときの表情を見るにあればあれで正解だったように思う。この戦いに疑問を抱いているらしい“氷結”の思考は、私にもわからないではないのだ。一方で、ロイ・マスタングは目を見張る戦闘力だと思う。彼はどんな手を使ってでも死なすわけにはいかない。彼に任せている区域には念のために鷹の目もつけてあるが、あのフェスラー准将が直接指揮をとっているとなれば死に急がされる可能性がある。あいつも私の言うことを聞いてくれる男ではないし、どうしたものか。流れ弾でも当たればいいのに、と己の信念に反するようで反しないこと思う。私の手が汚れることなく好まぬ男が死ぬことには、別段心は痛まない。
 心が痛むと言えば、アレックス・ルイ・アームストロング少佐には申し訳ないことをした。話には聞いていたが、彼は優しすぎた。本来なら、私と同様に軍人などになるべき人間ではないのだろう。彼の今は、優しすぎるが故、自分の持っている才を誰かのために使おうとした結果だ。ほんの少しだけ羨ましく思い、そして尊敬をしている。
「聞いているのか准将!」
 本日2度目の叱責を受け、無意識に「前向きに検討致します」と心にもない返事をした。ようやく少なからず望んだ返事を貰えたことに安心したのだろう、少将は1本煙草を咥えると火を催促してきた。いい加減にしろよ。
「ザイツ少佐、外に火炎放射器があっただろう、あれを少将に渡して差し上げろ」
「Aye sir.」
 私の言う火炎放射器が何を指すのか、脂肪の詰まった脳みそでも理解できたのだろう。苦虫を噛み潰したような表情をした少将は、まだ火も付いていない煙草を踵で踏みつぶし、無駄に大きな音を立ててテントを出て行った。
「“煙”って、嫌いなんだよなぁ」
「どの口がおっしゃるんですか」
「本当にな」
爆炎をお望みか

back

top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -