《papi様リクエスト》
※Song by Porno Graffitti

「いいか、諸君らが持っている銃は、幼き日にクラフト紙で創ったリロードなしで永遠に撃てる銃ではない。諸君らが立っているのは、その銃を携えて友人とごっこ遊びをした原っぱではない。紛れもなくこれは戦争だ。いいか、諸君。我々は今から大義の名の下に人を殺しに行く。信仰の有無に関わらず、我々は天国と呼ばれる場所には行けまい。ゆえに、信仰を持っている者は、今ここで捨てていけ。その手を、祈りではなく銃を持つために使え。私は諸君らを死なせないために策を練る。だから、諸君らは死なないように戦え。生きてここから還る、と、それだけを考えろ」
 苗字准将は戦争が始まる前、隊の者達にそう言ったらしい。国家錬金術師を投入して始まったイシュヴァール殲滅戦は、アメストリス軍の誇る“軍師”苗字名前の作戦指揮により実に順調に進んでいる。そんな中の一瞬の休息の時、前に座った顔しか知らない中佐殿が話してくれた。
 殲滅戦が決まった段階で苗字准将の隊は解体となった。人間兵器として戦争に参加することを事前に軍と約束した身の私がいたからだ。2人しかいない異質な隊。その内1人が人間兵器として駆り出される以上、解体する必要もなくそうなる運命だった。ゆえに、解体と大仰な言い方をするほどのものではない。私は思う存分嗜好を楽しめる場を与えられたことにただならぬ喜びを感じる一方で、一欠片ほどの心残りを拭い去れずにいる。
『私が居なくても大丈夫ですか』
 執務室を片付ける最中、准将に冗談めかしながらも半ば本気でそう問いかけたことを、今では少しだけ悔いている。細々とした書類は嫌っていた反面、意外とマメに綴っていた業務日誌を紐で括りながら准将は逡巡する様子を見せた。だがそのあと、一瞥もくれず空っぽになった執務室に私を残し去って行った。
 准将が最後に見せたのは笑顔だったか、困ったような表情だったか、ほんの最近のことなのに、記憶が霞んで思い出せない。
「そうですか。やはりあの人は強いですね」
「いや、それはどうかと思うぞ。あの人は守るための戦いをするつもりなんだろうが、これはイシュヴァール人を1人残らず地上から消し去るための戦いだ。そんな甘っちょろい作戦で、やり抜けるとは思えんな」
 口調に違わぬ野性的な相貌の中佐は、いやらしい笑いを浮かべて銃の手入れを始める。この男は、数週間前まで私がその人の部下であったことを知ってそう言っているのだろうか。どちらにしても、度胸はある男だ。
 遠くで銃声と静かな爆音が轟く。その音に心地よさを感じる度、この吹き荒れる砂塵に長く抱いていた感情がそっくり攫われていってしまう感覚にも襲われる。午後2時。今までなら准将にコーヒーを淹れていた時間。今、あの人は同じようにコーヒーを飲めているだろうか。慌ただしく戦局の変わる日々に追われ、また食事を抜いていたりしないだろうか。作戦会議を面倒くさがって更に面倒なことになっていないだろうか。きちんと休めているだろうか。
「准将は、その時、どんな顔をしていましたか」
「そうだな…ああ、鉄の面でも被ってるみたいな、冷たい顔だったよ」
 悔しいことに、月並みなことしか考えられないが、私は准将が笑っているところが一等好きだった。このまま、過去形でしか想えなくなるのだろうか。私が“粗相”をして煤塗れで執務室に戻ったときに浮かべた苦い笑い顔も、酒の入ったときの屈託ない笑顔も、何も語りなくないときの唇だけの笑みも、全て。軍の狗だとか、爆弾狂だとか、そんな言葉で揶揄されることには慣れたものだが、私もただの人の子だったようだ。
「あんな甘ちゃんに付き合わされる下っ端の気持ちにもなれってもんだよ」
「その“甘ちゃん”に自分が守られていることに気付いていない貴方のような命、苗字准将も守り損ですね」
「は、」
 頭上に昼の月が見えている。彼の眼前にも“月”が見えているだろう。
「貴方の下卑た感性で、名前さんを語らないで頂きたい」
「お前、まさか…っ」
 過剰な自意識ではなく、この中佐殿が私を今の今まで知らなかったのは何故だろう。そんなことを、砂漠に染み込んでいく中佐だった物質を見つめながら思った。
 この戦争が終われば、またあの人の下で働けるだろうか。これだけ胸の躍るような戦場に居ながら、そんな平穏を願ってしまう。戦争は全て奪ってしまう、と誰かが言った言葉を鼻で笑ったくせに。今の私を見て、准将は「仕方のない奴だな」とでも言って、どうか、また笑ってはくれないだろうか。今すぐには無理でもいい。いつかまた。
Saudade

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