ぐわり。前方から伸びてきたその両手は、私の頬から耳にかけてをしっかりと捕らえた。柄にもなく「あ、やばいな。」と思った。なにせ、その手には太陽と月の錬成陣が彫られている。それに顔面を挟み込まれたとなっては、予測できる未来はたった1つだけだった。
 1つだったのだが。
 私に近づいたのは死の音などではなく、両手の持ち主の方だった。それはまるで捕食。薄く形の良い唇が私を喰らった。塞がれた耳の中、頭蓋骨の内で反響する音が、世界の広さを私の半径1mに縮んだかのように錯覚させる。飲み明かした夜には必ずと言っていいほど上がり込んだこの家に、こんなに早い時間から居ると知らない場所のように感じた。
 身体の背面を、実に質の良いベッドに縫い付けられて逃げることが出来ない。きっと本気で逃げたいと願えば逃がしてくれる相手だとは分かっているのに、結局の所そうしないのはやっぱり生きることに執着をしているからかもしれない。この世で考え得る死に方を挙げればキリがない。反面、「生」を生み出す(文字通り、産み出す)行為はたった1つしかないことを私たちは知っている。だから、唯一ここから逃げだそうと浮かび上がる腰は、天の邪鬼であるし、素直だ。
 人の命に手を掛けることは、めっきりなくなった。それでも、今日に至るまでにそうしてきたことで、身体についた有形無形の傷は消えることはない。後悔はしていないが、もしこれがなければまた違った人生だったろうか、と思案することくらいはある。それも全て目の前の男から煙の臭いがすれば、醒める夢のような話。私自身が恨むことも悔いることもないそれらの傷に、心底愛おしそうに這わされる男の舌は、冷えた私の身体と相まって焼けるほどに熱かった。首筋、肩、胸元、脇腹。時折立てられる尖った犬歯の感覚に、捨て駒のように送り込まれた戦の最前線で浴びた炎の風を思い出して、このままだと焼け爛れてしまうのではと有りもしないことを考えた。無意識のうちに男の腕を掴んで動きを止めようとしたけれど、重力と男の力によってベッドに横たえられた私の身体がどうにかなることはなかった。
 しかし、これといった反応を示さなかった私が腕を掴んできたことが面白かったのか、男は未だ固く閉じて耐えていた私の脚の間に潜り込んだ。普段身を包んでいる青の服なら良かった。私服だった私のボトムスはいとも簡単に剥ぎ取られる。鳥肌の立つ冷たい空気に曝されたからか、それとも生身の姿を男に晒したからか、得も言われぬぞくぞくとした感覚が腹の底からせり上がってくる。余程青ざめた顔を私はしていたのだろう。少しばかりの謝罪を口にしてから、男は私の「生を産み出す場所」へと指を滑らせた。
 ぐずぐずと食い込んでくる指は、際限なく私を甘やかした。その指の辿る先、掌に刻まれた「太陽」がこのまま私を焼き尽くす気さえした。それほどまでに、触れる場所から走る感覚、そうだ、人が快感と呼ぶそれは、私の口から嗚咽を溢すには充分すぎたらしい。満足そうに男は笑って、月の掌で私の頬を撫でた。血の臭いも、煙の臭いもしない掌に安堵しながらも、つくづく傲慢なその手を舐めた。
 私のその行為が引き金になったのか、合図になったのかは知らない。指とは比べものにならない質量を感じて男を見やれば、いつだって見てきた恍惚の表情があった。なんだ、火薬がなくてもそんな顔ができるんじゃないか。根拠なんてまるでない安心に身体の中心が疼いた。
 男は腕を私の顔の横に付けて、私は遣り場を失った手でシーツを掴んでいた。熱い息と珍しく下ろされた長く黒い髪が首筋にかかる度に私はその身を捩った。そしてその度に激しく抜き差しされるモノがイレギュラー的に内壁を擦った。何をしても私に与えられる快楽は、まさしくその男そのものだった。うまく息を吸えなくても、うまく言葉を発せなくても、どんなに傷つけても、そのくらいでどうにかなってしまうような人ではない。わかっていたつもりで、見据えていなかったのかもしれない。どうしようもなく寂しいという感情が胸の内で渦巻いた。こんな感情は久しぶりだった。そんな感情は、口から漏れて戻る場所を失った快楽の声と共に、男の体内に入ってしまえばいいと思って、一房髪を掴んでこちらを向かせた男の唇に噛みついた。かち合った青色の目が、ちかちかと爆ぜた。美しいな、と惚けている私を知らずに、は、と息を吸い込んだ男が私の手に、少しかさついた自分の10の指を絡ませてくる。じわりじわりと侵食してくる許せない実感がそこにあった。
 これじゃまるで恋人みたいじゃないか。同じ事を男も思ったのだろう。お互いに泣きそうな顔をしてその行為をする様は、もし誰かが見たとして、滑稽以外の何でもなかっただろう。でもどうせ誰にも知られることなどない。喜んで人を爆発する物に換えられる術を持つ男の手に血が通っていて、その唇が柔らかくて、思いの外優しい行為を行うなど、他の誰にも知られなくていい。
 欲望とか愛情とか、ありふれた名前すら付けようのない吐き出された言葉と白濁を、今後一生反芻しながら私は生きていくのだろう。それすら誰にも知られないように。



「事実、戦争中に強姦される女性兵士は多いですよ。そんな非道なやり方で名前さんの初めてを散らすくらいなら、私に貰えませんか。」
 それは国がイシュヴァール殲滅戦に突入する、ほんの2週間前の話だった。
そんな遣り方

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