シュタインベック家の次男、チャールズ・シュタインベックがキンブリー家の長女を後妻に迎えたのは、先の動乱から半年程経った頃だった。
 最初に迎えた良家出身の妻については、愛によって成された婚姻ではなかったものの、それなりにうまくやっていた。彼女が8人兄弟の長子であったということも大きいだろう。元々の面倒見の良い性格が、丸1日工房に籠ることも多いチャールズを日々支えていた。
 しかし、そんな妻のお腹に子ができたと同時に、彼女は伏せることが増えた。夫をしっかり支えていた彼女が、自分と子の命を支える身体を持たなかったのは大層皮肉な話だ。
 妻の命をとるか、それとも子の命をとるか。跡継ぎ候補を欲しがる家と、妻を失いたくないチャールズの葛藤の最中、どちらの命も救われなかった。
 喪が明けた頃、やはり彼の両親がチャールズの次の妻を探した。チャールズ自身は、亡くなった妻以上の女性はいないのではないか、いや、確実にいない、とさえ思っていたが、両親が連れてきたのはどういうわけかキンブリー家の長女であった。
 その瞬間、亡くなった妻と過ごす間に、青い春のように思い出すだけになっていた彼女への恋慕が鮮やかに蘇ってきたことは言うまでもない。
 そうなると、以前にも増して速い速度であれよあれよと事は進み、気付けば籍を入れていたという次第だ。ともすれば、元々見合いをしていた彼女を迎え入れるために前妻を手にかけたとでも噂をされそうなスピードではあったが、シュタインベックの名においてそのような不審を抱かせることはなかっただろう。
「それにしても、なぜ君は今回の婚約の申し入れ受け入れてくれたんだい」
 チャールズがそう問うた時、彼女は少し言葉を選ぶ素振りを見せてから答えた。
「私の心配事の全てが、この世界から無くなって身軽になったので」
 その答えに彼は何も言わなかった。言えなかった、という方が正しかったかもしれない。
 彼女の心配事の全てというのは十中八九、行方の知れなくなった彼女の弟のことであろうと簡単に予想がついた。
 歳の離れた(とは言っても極端ではないが)姉弟であったから、彼女が弟をとにかく気にかけていたことは彼もよく知っていた。なにせ、彼女が一桁の年頃のある時に、まだよちよち歩きをしていた弟を甲斐甲斐しく見守りながら遊んでいたのを見かけたのが、彼が彼女を知った瞬間だったからだ。自身にも兄や弟がいたものの姉妹はいなかったために、特に姉という存在に焦がれたのが始まりだった。後にチャールズの方が2つ程歳が上であることを知ってもその感情は変わることはなく、次第に恋慕に膨れ上がったくらいだ。
「そういえば、君の実家はあのままでいいのかな」
「えぇ、かまいません。あの家は、骨の一欠片も遺さずに死んだ弟の墓で、あの子が残していった本は遺骨にも似た大事な物ですから、あのままにしておきたいのです」
「そう…」
 チャールズはまだ彼女の弟が死んだなどとは思っていないが、彼女は頑なに「あの子はもうどこにもいませんよ、私が言うのですから間違いありません」と言って引かない。だから、彼女の実家にはもう誰も住んでいないが、取り壊すこともなくそのままになっている。 
 チャールズの腑に落ちない表情を見て、彼女は言葉を続ける。
「ですので、私が死んだらあの家の本は国立図書館にでも寄付して、家は取り壊してください。残った土地は、シュタインベックの工房にでもしていただければよいですから」
 その言葉に、チャールズはさらに困った顔をすることになったが、平素からあまりあれこれと要望を口にしない妻の頼みとあっては首を縦に振るほかなかった。

***

 キンブリー家の唯一の存命者、つまりその家の長女がチャールズ・シュタインベックとの結婚を受け入れた理由が、弟という存在がいなくなったから、というのは本音だった。そして、以前の見合いの際に告げた理由も、勿論本心だった。要するに、元々結婚願望がない上に、名前くらいしか知らない相手を、何をしでかすかわからない弟と縁繋ぎにさせることに気が引けていたのだ。特に相手方が国内で名の知れた一族とくれば、なおさら。
 予想通り弟は馬鹿をしでかした。それでも彼女の周りに人間は誰も彼を咎めなかった。
 それならば、と、思いがけず二度目の申し入れが来たので受け入れたら、案外快適な暮らしができてしまって拍子抜けをしている。後妻ということもあって、一族の一部の人間からの当たりは強いが、チャールズやその兄弟、義理の両親が彼女の盾になった。不意に、実の両親が自分と、そして弟にさほど興味をもっていなさそうだったことを思い出して、少し寂しくなった。彼女の夫は目敏くそれに気付いたが、彼女は黙って「大丈夫です」とそれ以上の詮索を制した。
 本当ならば、爆発に美学を見出していた弟を弔うために、実家を爆破しようと思っていたが、さすがに夫には言い出せなかった。近隣に他の家屋はないものの何事かと思われるのは必至であるし、何より、あの家には弟の痕跡が多すぎる。彼女が実家の爆破を諦めた理由は、あまりにも人間らしい感情だった。
 それであれば、そのままにしておくのが賢明だというのが彼女の出した、現状最も納得のいく結論であった。
 
 今となっては、彼女は結婚してよかったと思っている。
 もし弟がそれを聞けば、怪訝そうに理由を問うてくるだろう。
 そしたら彼女は事も無げにこう言うのだ。
「旧姓のままでは、お前の蔵書を国立図書館に寄贈するのは難しいと思うんだよね」

***

 女児が、この子があなたの弟だと言って母に見せられたのは、男か女かもわからないような小さな赤ん坊だった。かすかな肉体を母から与えられて、弱弱しく泣いている「弟」と呼ばれる存在に、女児は幼いながらも「この子は私にとって一等大事なものになるのだろう」と予感していた。「弟」は、彼女にそう思わせるには十分すぎる重みをもった命であり、彼女をいとも簡単に「姉」にした。
「わたしが、あなたをまもるからね、ゾルフ」
 それが、姉と弟の間の最初の会話だった。
いつか守れなくなるなんて考えもしなかった、曖昧な愛情に満ちた、そんな約束だった。
私の一番

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