「上官5人殺して投獄、果ては出所とは…中で何人殺したんです?」
「人聞きの悪い。正規の手続きで出所しましたよ。」
 私の質問に、実に不機嫌な態度をとられた。お互い、すでに軍位はないとは言えど、かつての上官、ゾルフ・J・キンブリーに対しては失言だった。
 マスタング少佐に勧誘されてから半年後、リハビリも終え、様々な戦後処理も一段落した頃、私は退役した。少し厄介なことではあったが、大総統閣下に国家錬金術師の資格は棄てないことと、もし国に有事のことがあれば戦闘ではなく後ろ盾として尽力することを誓った。今では父の家で蔵書を読み漁りながら、自らの錬金術を極める、そんな研究に没頭する日々だ。年に数回の機械鎧のメンテナンスが少し面倒なくらいで、その他で特に大変なことはない。欠損した時は「痛み」なんて言葉では足りないほどに痛かったが、終わってみれば大したことはない。腕の欠損くらいで人は死なぬことを知った。信じる神はいないが、少しは祈る価値もあるのかもしれない。
 化学を学ぶ者としてそれはどうか、と苦笑する父が浮かぶ。
「それは失礼しました。出所、おめでとうございます、少佐。」
「生憎、私はもう少佐ではありませんよ、苗字大尉。」
「奇遇ですね、私も退役した身でして。」
 癖で当時の階級で呼んでしまえば、彼は意地悪く私を大尉と呼んだ。
「おや、それは存じ上げませんでした。」
「まさか、貴方という人が?」
「私にだって知らないことはありますよ、えぇ、沢山。それより早く中に入れてください、外は大尉が思っているより寒いのですよ。」
「ですから、私はもう大尉ではないと。」
 私の言葉には耳も貸さず、家に入ってくる彼をまさか止められるわけもなく、小さく溜息をついた。
 あっ、朝ご飯創ったまま片付けていないキッチンに勝手に入るな!
「あの、お茶を淹れるくらい私がやりますから、どうぞあちらに座ってお待ちください。」
「おや。ではお任せ致しますよ。」
裏の見えないその姿は、戦地で見た最後の姿と何も変わっちゃいない。もしや、裏なんて元から持ち合わせてないのでは?そう思える程に。
 こぽこぽと水が沸騰する音を聞く。術を使えば沸騰など待つものでもないのだが、人生楽しむために待つことは必要だ。錬金術はキッチンから生まれたと聞いたこともあるが、キッチンに錬金術を持ち込まないのは、数少ない私のルール。
 まだですか、とリビング……いや、もはや私の研究室と同義になってしまったそこからお声がかかるが、気にはならなかった。
 折角だからとっておきのアールグレイを淹れた。豊かな茶葉が透明のポットの中で踊る。静かで、それでいて激しいその動きを見るのが私は好きだ。色を振りまき、沈んでいく。それはまるで……。いや、これ以上考えるのはよそう。
「1人暮らしの研究者なので、あまりいい茶菓子もありませんが。」
 予め温めたマグカップにアールグレイを注げば、上品な香りが浮き立った。その香りに彼は少し顔を緩める。あの頃のような冷たいカップは、もう懲り懲りだ。
「いえ、これがいい茶請けになりますよ。」
「……そうですか。」
 ゆっくりマグカップに口を付けた彼が指差したのは、研究中の私の論文。監査が数週間後に迫っている。このまま順調に進めば、提出期限には間に合う。
 そこから15分近く、彼は私の書きかけの論文をじっくり読み進めた。時折満足そうに笑いながら。何が楽しいのか。あれ以来、3度目だ。
「いい論文です。やはり貴女は優秀です。退役したのは実に勿体ない。」
「マスタング少佐……今は大佐だそうですが、彼にも残念だと言われました。身に余る言葉ですよ。」
「いえ、妥当な評価です。」
 そう言って深く頷き、論文を私に返却した。あとは結論を書けば終わりとなったそれに、彼のお墨付きを貰えたとなれば、特に問題なく国家資格は継続して手の内にある。そんな確信を得られた。
「さて、私が今日出所してすぐここに来たのには2つ理由があります。」
 おかわりを頂いても?、と差し出されたマグカップを素直に私は受け取る。多少は冷めてしまったアールグレイは、渋くなってはいないだろうか。彼の話もそこそこにそんなことを考える。
「約束を覚えていますか?」
「還ったら食事を、というやつですか?」
「えぇ。いいレストランがあります。戦争に際して閉店していたら事だと思い、先程確認してきたのですが、健在でした。そのまま今夜2名で予約してきました。」
「用意の良いことで……。」
 褒め言葉として受け取っておきましょう。
 ことん、と早くも空になったマグカップが彼の手から手近な机へと移る。軽快なトークが、警戒に満ちた空気に変わる。
「もう1つ、貴女とは約束があったはずです、名前。」
 まるで、それは、そう、恋人に語りかけるような温かい声だった。相も変わらず私の脳みそでは理解できない両の掌の刺青が、私に向かって伸ばされている。
 遠い昔のお伽噺は「昔々、あるところに」と言って始まるけれども、私たちの物語はどうやら「めでたし、めでたし」で始まるらしい。
 彼の言う「約束」を、私が忘れるわけがない。眼球の奥底が熱くなる感覚に弾かれ、私は彼の腕の中に飛び込んだ。

「おかえり、父さん。」
「ただいま、名前。」
お伽噺の終焉

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