ゴミ箱から零れ落ちた塵紙を見捨てた。
酷な言葉を吐いた。
食べたくて頼んだ食事を残した。
慣れないヒールを履いて靴擦れした。
曖昧な言葉で自分を守った。
そんな些細で足元に取り残してきたひとつまみ分の後悔たちは、一握りの懺悔程度では掬い上げることができない。
私は誰も救い上げることができない。
わかっていた。

わかっていたのに。

「それにしても酷い雨だな」
「えぇ、アメストリス観測史上トップレベルの大雨だそうですよ」
「…今日は帰るのは諦めたほうがいいな」
「風も強いですしね。すでに怪我人も出ているようですよ」
どおりで、と私は内心納得をしていた。所用があり電話交換室と通信をしたが、なかなか繋がらなかったのだ。恐らくそこかしこから軍部の人員要請がかかってきていたのだろう。この様子だと、どこかの小さめの橋などは崩落している可能性もある。人手が足りなくなる可能性もあるし、こういう時こそ国家錬金術師の招集をした方がいい。
「建築系に強い国家錬金術師に連絡しておいてくれ」
 壁に備え付けられている本棚から国家錬金術師リストを取り出し、キンブリーに渡す。最新版を早く寄越せと人事部に伝えているが、実のところのこのリストを使用する人などほんの少数のため、他の業務が優先されてしまい更新が遅れがちだ。
「アーチボルド・テクトーンは現役ですか」
「いや、イシュヴァールの内戦後に各地の建設物を軒並み復旧させたあと、静かに引退したよ」
「そうでしたか」
「お前が収監された後のことだし、知らなくても無理はない」
 彼もまた優秀な錬金術師だった。テクトーンが限られた資材で造ったイシュヴァール現地の我々の宿舎は、立派で丈夫なものだった。聞くところによると、彼の父親が建築士、母親が科学者だったらしい。両親の得意分野を惜しみなく受け継いだ存在が、アーチボルド・テクトーンだったのだ。
 しかし彼は、あのアレックス・ルイ・アームストロングと同様に、軍属になるには向いていない程の優しい人間であった。彼の両親もまたそうであったのだろう。テクトーンが建築系の錬金術を極めたのも、父が建てた家で、母が書いた論文が、誰かを幸福に導くものであったからだ。味方の遺体が安置され、イシュヴァール人の死体が埋もれる建物が、自身の創り出したモノであった。その現実が彼の心を蝕んだことは言うまでもないだろう。
「彼の創った見張り台は、とてもいい音がしましたよ」
 実に機嫌良く、暗にテクトーンが建てた見張り台を爆破したことを告白した部下に、私は無言で眉を顰めるしかなかった。この男もまた、テクトーンを追い詰めた1人なのだ。
「彼の創った宿舎は、多くの仲間を救ったよ」
 懺悔にもならない言葉を紡いだ。それで何がどう変わるということでもない。
 彼らが、国家錬金術師が、優秀な研究者であること。
ひとたび戦争が始まれば、人の形をした兵器となること。
それでもやはり、人間であること。
血と肉と、時折涙を湛える、ちっぽけな人間であること。
「そういえば、テクトーンの息子が去年国家錬金術師になった。彼を呼べ」
「ほう、父親と同じ道を選んだのですね」
 面白いものを見つけたと言わんばかりに、キンブリーはリストの中からテクトーンの息子を探し始める。父の姿を見てもなお、同じ道を目指した息子は、まさしくキンブリー好みの人物だろう。Aの項目だと伝えると、そうだと思いました、と笑う。
「…電話口でいらんことは言ってやるなよ」
「常識的な話しかしませんよ」
「良識も頼むよ」
「えぇ」
 窓の外ではまだ雨が降っている。
 さっきよりも強く、荒く。
scrap and build

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