「暫く留守にしてすまなかった」
「いえ。楽しめましたか?」
「ああ、いい式だった」
 苗字が少し長めの休暇をとり地元に帰省していたのは、学生時代の友人が結婚式を挙げるからだと言っていた。職務上、長期の休暇はとることが難しい上、なんとなく気が引けてしまい、長らく地元には帰ることができていなかった彼女だが、部下であるキンブリーが「たまにはいいのでは」と後押しをしたことで叶った帰省だった。
 その時に彼が言い放った「あなたにしかできないのは書類に押印することくらいですよ」と辛辣な言葉に関しては少し根に持っているものの、苗字は「まぁたしかにそれもそうだな」とも思った。現在中央にはマスタングもいることだし、何かあれば彼に押し付けるようにキンブリーには指示を出した。
 結局のところ、彼女が不在の間にこれといって大きなトラブルはなく、しいて挙げるとすれば郊外の化学工場で小規模の爆発が起こり、キンブリーが駆り出されたということくらいであった。軍の関連機関ではなく民間工場だったため、調査のためという名目だったのだが、体のいい無精だったのだろう。その日は1日調査にかかりっきりになってしまい、苗字宛の書類を整理する作業は滞ってしまった。翌日、珍しくキンブリーの口からは深い溜息が吐き出されたが、それを聞く者は誰もいなかったという。
「いい意味で非日常を感じることができたよ」
「えぇ、そうでしょうとも」
「飽きるほどに顔を見てきた友人が、見たことない顔で笑っていたのは少し寂しいような気もしたがな」
「わかりますよ」
 苗字がデスクに座り、積み重なった書類の山に顔をしかめたときキンブリーが打った相槌は、彼女の不意を突いた。
 会話が途切れたことにキンブリーが気付くと同時に苗字が口を開く。
「お前にも人並みに寂しさを理解するだけの感情があったのか」
「失敬な。敬愛する上官が、自分の知らない人物に追慕していると知って、貴方の言うそれと似た感情を抱いたので共感したまでです」
「それは…寂しさへの共感というより、妬み嫉みの類だろ」
 苗字が、子供が血も出ないような切り傷で大泣きしているのを宥める母のように笑う。釈然としない様子のキンブリーは「とんでもない」と否定した。
「中将殿との付き合いもずいぶん長くなりましたが、それでもやはり知らないこともありますし、それに対して今更あれこれ思い悩むことはしませんよ」
「どうかな」
「私のことを何だとお思いで?」
「サイコパス人間兵器」
「心にもない」
 今度はキンブリーが笑う番だった。悪罵のつもりだったらしいが、苗字らしからぬ語彙力の低い出来だったからだろう。
 執務室の窓の外は、晴天が遠くまで広がっている。風が吹いていないからか、白い雲も木々も微塵として動いておらず、時が止まっているのではないかと思わせるほどであるが、数人の軍人が歩いているのが見えるので、現実離れした空想に浸ることはない。
「あ、あとは、あれだ、集まったほかの友人から、お前は結婚しないのかと散々聞かれてうんざりした」
「あぁ、ふふ、ある種の恒例行事のようなアレですか」
「お前も経験があるか?」
「えぇ、私の場合はもう少し若い頃の話ですがね」
 面倒だよな、という苗字のぼやきに対してキンブリーが、そうですね、と応えた声は満足そうであった。

孤独の配偶者

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