「『誰でもいいから人を殺したかった』と言う通り魔が自分より強そうな人を選ばないと言うなら、馬鹿な呪霊共に殺されない程度に強くなるしかないよね。七海は、まあ、大丈夫そうか。これからは私たちだけが歳をとるんだねぇ」
 そう言って静かにケーキを口を運んだ苗字の目が潤んでいたので、見ない振りをするのに必死だった七海は、18歳の誕生日に彼女が買ってきてくれたケーキの味を覚えていない。

***

「誕生日おめでとう七海。まぁ1日遅れちゃったけど」
 そういって7月4日に同期の苗字が七海の家に押しかけてくるのは、もうここ十数年来の恒例行事となっていた。なぜ毎年毎年、当日ではなく翌日なのかと問えば「誕生日くらいゆっくりできるように、七海があたりそうな任務を肩代わりしてるからだよ」と、簡単な乗算の解を答えるように返答があったのは、おそらく4年前のことだった。
 かと言って、翌日の予定はお互いどうなるか分からないのだが、夜9時には七海の家で出来合いの、簡単なオードブルを囲むために集まるのが暗黙の了解となっていた。今年も、そうだった。
「毎年ありがとうございます。今年はどこのオードブルですか」
「近所にできたお弁当屋さんの。デパ地下のやつみたいな派手なものじゃないけど、美味しいお弁当屋さんのだから、期待していいよ」
「では、シンプルに缶ビールを開けましょうか」
「いいね」
 別に、彼女のために買ったわけではない。ましてや自分の誕生日のために買ったわけでもない、少し値が張ったワインの存在を七海は公にしないことにした。それなり酒好きの彼女にそれを言えば、すぐに飲みたがるのは自明だったからだ。
 靴を脱いで家にあがる。七海は苗字の手からオードブルが入っているらしいレジ袋を預かる。その真意を読み取った苗字は、迷うことなくリビングの手前にある洗面所に入った。
 彼女が手を洗う音と、七海がレジ袋からオードブルを取り出す音だけが聞こえる。元々会話が多いとは言えない間柄だった。灰原が生きていた頃は、彼がよく喋るものだから、それに巻き込まれるように彼らもよく話したものだが、今はこうして、何か機会さえなければ話すことはおろか、顔を合わすためのきっかけすら見つけられないようになっていた。
「主役に準備させてごめんね」
「いえ、買ってきていただいてるので、これくらいはしますよ」
 それでも苗字は「ごめんねぇ」と言った。それが本心だと解っているので、七海は静かに着席を促した。すでにオードブルはテーブルの真ん中にある。缶ビールも2膳の箸の横に鎮座していて汗をかいており、開栓を待っている。
「では、七海、改めて誕生日おめでとう。今年も誕生日を祝えてよかった」
「ありがとうございます。また来年も祝ってもらえるよう、精進します」
 祝いの言葉を呪いに変えて、来るかどうかもわからない次を祈るばかりの夏だった。
通り魔は君を選ばない

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