「でさぁ、僕に言うことあるよね」
「卒業後音信不通だったことへの謝罪、やっと連絡してきたと思ったら瀕死だったことへの謝罪、長年正体を隠していたことへの謝罪…」
「謝罪ってことがわかってるなら及第点だね」
 低い天井に狭い壁に挟まれた空間、所狭しと張られた呪符は私の呪力を絶え間なく奪っていく。呪符の種類を見やるに、効果はこの空間にいる間のようだ。私の術式を喰らった相手はこんな感覚を味わっていたのだろうか。
 呪符の効果対象ではない、五条悟という男は清々しいほどの笑みを浮かべて私の前に立つ。簡素なパイプ椅子に座らされ、手と足を注連縄の如く太く編まれた縄で拘束されている私とはあまりに対照的だ。高い位置から降ってくる声と視線に耐え得るのは、ひとえに彼がかつての同級生という関係性によってのみだ。
「メルマガで慣れてたつもりだけど、その話し方やっぱり違和感あるね」
「…なに、お前、俺からの献身的な連絡をメルマガって呼んでたの」
「うん、その話し方の方が余程悟くんらしいよ」
「俺の話を聞け」
 随分と丸くなってしまった悟くんの話し方を揶揄ってみたら、思いの外本気で顔を掴まれた。痛い。少し前まで寝たきり生活だったんだから少しは手加減をしてほしい。でもちょっとこの手の大きさが懐かしくも感じる。
 この拘束が、悟くんの意思ではないことは解っている。曲がりなりにも嘗て呪詛師一族だった家の現当主が、数年前に高専の生徒として出入りをし、その後行方をくらませた挙句、再度高専に戻ってきたとなれば疑われて当然。高専に入った頃の先生方は私を保護するという名目で編入をさせたわけだから、それを知らなかったわけではないが、その保護を私が無駄にしたのは紛れもない事実。やはりこれは当然の拘束だ。
 呪力を極限まで奪って本心を暴く、という使い古された、それでいてシンプルに効果の高い拷問。
 だが全て無駄なのだ。私は実家、鷺ノ森家を壊滅させるという大きな目標を達成した。あとはもう、私は残された人生を思うままに生きるだけなのだ。一般社会に溶け込んでもよかったが、あの日新宿で負った致命傷への対処に結局は旧友を頼ってしまったのだから、悟くんが言うように私はやはり弱いのだろう。
 私の顔から手を離した悟くんは話を続ける。
「お前を高専所属の術師に戻すことはできるよ。なんたって僕だし。でも、お前の経歴に対して上の連中が黙っていると思う?」
「いや、まったく」
「解ってるのに、戻ってくるんだね」
 何かを確かめるように、悟くんは私に言う。どう答えるのが正解なのか、考えあぐねる。
 成層圏からみた地球のように青い瞳が、頭上で揺らぐ。
「クソジジイやクソババア共にとやかく言われるのは実家で慣れたつもりだし、私だって学生の時より幾分か強くなったと思う。悟くんが思ってるより、そんな簡単に死なないつもり。ようやく私は、きちんと苗字名前になれたんだから、これからだよ」
 鷺ノ森家はもう過去の遺物。それでも私の中にはまだ鷺ノ森幽奠が居る。それはきっと死ぬまで居座り続ける。しかしそれは私の本質としてではなく、良き友人として、頼もしい武器として。
「僕を使って戻ってくる以上、それなりの働きはしてもらうよ。お前の事情を知っていようがいまいが、周りからの当たりだって強いだろうけど」
 べっ、と舌を出して下品に挑発してくる悟くんは学生の頃を彷彿とさせるが、その口調はきっと数年かけて構築した教育者としての彼であって、どうにも調子が狂う。
 柔らかな炎が私の手足を拘束していた縄を燃やして舞い上がる。その炎の煌々とした紅色が、向こう側に立って私を見下ろす悟くんの髪色をより一層白く見せた。
 狭苦しい呪符の箱庭にわずかに穴が開き、退出を許される。
「1週間後から名前には1級案件を受け持ってもらうから」
「了解」
「それまでに体力戻しといて」
「お気遣い痛み入るよ」
 とりあえず明日から硝子ちゃんに相談しながらトレーニングしなきゃいけない。呪霊側は私に気遣いなどしてくれない。文字通り死ぬ気で挑まねば。
 家も探して、身の回りのものも整えたい。1週間なんてすぐに過ぎてしまうだろう。
 限られた僅か160時間程のリミットを、いかに有効活用するかを脳みそフル回転で思考しながら呪符の箱庭を出る。そこは見慣れた高専の空き部屋だった。
「あ、名前、言い忘れたんだけど、」
「なに?」
「おかえり」
 あぁ、そうか、この男は決して丸くなったわけではなく、また、強くなってしまったのか。
「ただいま」
異端者の帰還

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