「すごい今更だけど、反転術式を会得したら名前の毎度の嘔吐もましになったりしない?」
「…盲点だったよ硝子ちゃん」
「ほんとお前ってバカ」
「対処しようとせず慣れでどうにかしようとしてたあたり、ほんとバカ」
 滅多にない4人全員が予定のない夜。鍋食いたい、という悟くんの我儘に珍しく全員が乗った。言い出しっぺの悟くんは当然のように何もしてくれなかった。買い出しは硝子ちゃん、調理は私、最終的な鍋奉行は傑くん。お坊ちゃまはどうぞ座っていてくださーい、なんて嫌味を飛ばすも、悟くんは全く意に介さないで炬燵でぬくぬくとしやがっていた。
 しかし有難いことに全ての費用は悟くん持ちなので、許す。
 野菜たちがいいかんじにクタクタになり、メインのお高いお肉の包装を解いていた折、硝子ちゃんが脈絡なく提案したその言葉で、なぜか私が集中砲火を受けた。悟くんが私をバカだの弱いだの言ってくるのは日常茶飯事だからいいとして、傑くんにまで言われると流石に傷つく。硝子ちゃんも頷いてないで私をフォローして?
「理論的には可能だと思う。反転術式と『忘却之棺』の根本的な原理は一緒だから」
 綺麗な脂身の入った肉を鍋に投入する。心なしか皆の顔が嬉しそうだ。美味しい肉は美味しいもんね、わかる。
 肉に熱が通るまでに、私はポン酢の瓶を回すことにした。
「そういえば『忘却之棺』ってどうやって相手の呪力を強制的に消滅させてんの?」
 硝子ちゃんからのごもっともな疑問に、先代が私に説明したときのことを思い出す。
「あー…わかりやすく言えば浸透圧の原理なんだよね。呪力が水分の部分ね。私と相手の肉体を器と半透膜として、呪力が弱い側から強い側に移動させるってかんじ。嘔吐については、自分以外の呪力を自分の呪力の中に取り込む形になることによる拒絶反応と浄化作業ってかんじ」
「じゃあ実際は消滅させてるわけじゃないんだ」
「そうだね。まあ浸透圧とは違って“忘却ノ棺”は相手を完全な脱水状態にさせるから、微妙に例えにはそぐわないんだけどね」
 まぁそこはご愛嬌ということで。
 つまりは自他同時の呪力操作による術式なので、同様に呪力操作を要する反転術式とは相性がいいはずなのだ。できるかどうかは別にして。
 丸く浅い器の底でポン酢が揺蕩う。刻み葱が欲しい人は挙手制。うん、みんなほしいんだね。
「でもそれだと基本的に相手よりお前の方が呪力持ってる必要あるだろ。その辺はどうなってんだ」
「そこは気合いかな」
「おいこらはぐらかすな」
 やっぱり悟くんは痛いところを突いてくるよなぁ。ちょっと腹が立ったので山ほど刻み葱を器に入れてやった。
 鷺ノ森家当主の呪力量を舐めるなよ、というだけの話なのだが、言えるわけもないのでここは適当にはぐらかす方向でいかせていただく。いいタイミングで肉も食べごろになった。
「じゃあお奉行様、乾杯の音頭をお願いしまーす」
「もしかしなくても私のことかい?」
「かんぱーい」
「ちょっと五条、お奉行様の有難きお言葉を待ちな」
「そうだよ悟くん。我慢できない男は嫌われるよ」
「あーもう…はいはい、かんぱーい」
「ほらー!悟くんのせいでお奉行様まで適当になっちゃったでしょー」
 せっかく用意した菜箸なんてすでに使われてない。各々自分の箸で野菜も肉もかっさらっていく。
 あ、豆腐入れ忘れた。



「25mプールでダムの放流を受け止めきれないのと同じで、一応『忘却之棺』にも限界はある。思い上がりだと嗤ってくれてもいいけど、そんじょそこらの呪霊や呪術師の呪力ならどうにかできると思ってる。3人が反転術式の会得に付き合ってくれたおかげでね。でも、まぁ、そうだな、君を止めるためにこの術を使おうとは、まったく、思わないかな」
「もう、私を名前で呼んではくれないのかい」
「君はもう私の知っている夏油傑くんでもないから、そうする必要をどこにも感じない」
「名前は案外そういうとこ非情だよね。それも実家が関係してる?」
「かもね」
「そうか」
「…君がその生き方を貫くなら、私の実家と関わることもあるかもしれない」
「その時は名前にも居てほしいね」
「私を”私”と気づいてくれるなら、顔くらいは出してあげようね」
「きっと見抜いてみせるさ」
 君が思ってる以上に私は君を見つめていたからね。
 最後の最後に波風を立てて、彼は去った。
ドライフラワーにすら成り得ない青春を

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