日に日に人が少なくなっていく。それはイシュヴァール人か、我々アメストリス軍のことか。はたまた、どちらもか。
 腕の付け根から、爪の先までびっしり敷き詰めた錬成陣をチェックする。どの1つも欠けていない。私は、緑碧の錬金術師はまだ死んじゃいない。まだ闘える。たったそれだけの現実に安心したのは、そうだ、母の手に引かれどこへともなく逃げていたあの頃以来だ。簡易テントの中に設えられた、私の執務室。座り心地の良いとは言えない椅子に、深く腰掛け、束の間の安穏を味わっていた。
 人間兵器、という言葉が重くのし掛かる一方で、感じたことのない「生きている」感覚。まだ私は正常なのだろう。正常から一歩退けば、生も死も感じない木偶になっているだろうから。
 旨いとは言えないコーヒーを啜れば、テントの外から声がかかる。
「この戦場において、まだ正気を保った目をしているとは、流石ですね苗字大尉。」
「……キンブリー少佐。」
「先日、マスタング少佐や鷹の目と話をしてきたのですがね、彼らの脚は半分棺桶に入っています。」
 真っ直ぐに生きてきた彼らのような人には、渦巻くようなこの地は居づらいでしょう。そう答えれば、少佐は高らかに笑って私を褒めた。
 どうぞ、と残り少なくなったコーヒーポットの中身を全てカップに入れ、少佐に差し出せば、どうも、となんてことなく受け取ってくれる。そのまま彼は断りもなく近くのソファに座るが、上官相手に咎めることなどできない。私は礼儀上、一言断りを入れてから長机を挟んだ正面のソファに座った。
「私は大尉のその目、好きですよ。貴女だって、彼らと同じ“真っ直ぐ”な人間のはずなのに、生き様に対してではなく生き延びることにそうである、という点が唯一異なっています。そこが酷く美しい。」
「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。というやつです。」
「ほぉ。」
 とある哲学者の言葉を挙げれば、至極面白いものを見つけた顔で少佐は私を見据えた。敵を殺すため翳す銃口は、人知れず私の脳天にも向けられている。それでもなお私は死ぬわけにはいかない。母に守られ、生かされた命を、父に褒められ、支えられた生を、こんな気の狂った戦場で落とすのは馬鹿げている。もし気が狂っているのが私の方であろうと。私のしていることを、どんな言葉で虐げられようと。
「本は、好きですか。」
「父が読書家だったもので。」
「それはいい。」
「えぇ、立派な父です。」
 戦が始まるというのに「束の間のバケーションを楽しむ」なんて言って娘を置いて、家の留守を任せてどこかに行ってしまうような自由人ではあるけれども。さすがに、少佐にそれを伝えるわけにもいかず、無難な言葉で終わらせた。
「私の生い立ちも、錬金術を学ぶことにも、軍の狗になることにも、反対しませんでした。生きている内にやりたいことをやりなさい、と。戦場に行くと伝えた時ですら。」
「それはそれは。世間一般に言わせれば、随分と放任主義なお父上ですね。」
「ははっ、キンブリー少佐から“世間一般”を伺うことになろうとは思いませんでした。そうかもしれませんね。母はそんな私を心配していたので、今の私を見たら激高するでしょうし。それが“世間一般”なのでしょうけど、でも、私たち親子がすでに“世間一般”とはかけ離れていたので…今更と言いますか…。」
 そう口にすれば、途端に面と向かった会話に気まずさを覚えた。こうして少佐と話すのは実に初めてのことで、そんな間柄であるにも関わらず「家族」の話をしてしまったのだから。
「いいじゃありませんか。生きているなら、それで。」
「……やはり、そうですよね。」
「えぇ。この戦争が終わっても、是非貴女には生還していてほしいと思いますよ。」
 爆弾狂いだなんだと後ろ指指される少佐から与えられた、なんとも優しいその言葉の裏を考え出すとキリがなかった。ご馳走様でした、とカップを机に置いた後、流れるように立ち上がった少佐を見て、私は慌てて立ち上がり敬礼を返す。しかし、そこから立ち去る様子のない少佐は、私の目をじっと見つめる。穴が開きそうだ。
「もしお互い生還した暁には、そうですね大尉、食事にでも行きましょう。」
「…はぁ、」
「なんですか、気のない返事ですねぇ。」
「いや、そんな…思いがけないことの連続でして。」
「ははっ、では今の言葉を“Yes”として頂いておきますよ。」
 何がそんなに面白いのか、ここに来てから少佐はよく笑った。テントを出る寸前、本当に、何がそんなに面白いのか、私の頭をゆるりと撫でていった。
 留守の家は無事だろうか。少佐の行動に、大量の本の持ち主を思い出し、ふと不安になった。
生者の行進

back

top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -