「新年おめでとう、悟くん」
「おう」
 おめでとう、くらい返してくれてもいいのではないか。でもまぁこれが五条悟だよな、とも思った1月1日午前0時、と10秒。



 大晦日の午前、実家に帰省するという傑くんと硝子ちゃんを駅まで見送った帰り、私はコンビニでお汁粉缶を買った。程よい塩味を味わいながら寮に戻る。顔にあたる冷たい風と、温められた口腔内との差がなんとも心地よい。
 絶賛家出中、というにはあまりに絶縁に近い実家との関わりをしている私は、勿論帰省などするわけもない。それをわかってはいるものの、2人は少し心配そうな表情をしていた。高専に残る、という点よりも、悟くんと過ごすかもしれないという点においての心配だろうな、と、2人の過保護なセリフを思い出す。
「寂しくなったらいつでも電話してきていいから」
「っていうか私の実家来る?親にアンタの話したら会ってみたいって言ってたのよね」
「いやいや、ちゃんと家族で過ごして」
 大事に思える家族がいる人は大事にした方がいい。『家族』で過ごしているようで全くそうではない年末年始を過ごしてきた私にとって、寧ろ1人で過ごせるこの年の瀬というのはとても楽しみなのだ。悟くんと過ごすことになって、ちょっとくらい面倒なことになったってそれは変わらない。
 コートのポケットで震えた携帯は1通のメールの到着を知らせていた。硝子ちゃんだ。
『お土産、楽しみにしてて』
 別に気にしなくていいのに、という独り言は白い息と共に雑踏に消えた。



「どこ行ってたんだよ」
「硝子ちゃんと傑くんの見送り」
「過保護かよ」
 寮に戻れば、廊下で今さっき起きたらしい悟くんと遭遇した。私の手にあるお汁粉缶を指さして、寄越せと仰る。もうすでに空であることを伝えたら、あからさまに不機嫌になった。
 悟くんも、帰省しない。実家はあの五条家だし、帰ったら面倒なことばかりなのだろうと馬鹿でも想像ができる。私もそうであるように、彼もまた…と天才相手に慮るのは不遜だろうか。
「お前も帰らねーの?」
「せっかく出てきた家に戻るわけないでしょ」
 共用のゴミ箱に缶を捨てる。底にたどり着いた缶は、ガラン、と空洞の音を立てた。
 豪勢な食事、分家からの色目のある挨拶、当主としての威厳、今年は全部気にしなくていいのだ。それでも、どうしてなかなか、数年続けたことを突然忘れるということも人間はできないらしい。気を抜くと、あぁ今頃あれをやっているんだろう、こうしてるんだろう、と考えてしまって良くない。
「じゃあ今夜は紅白見ながら夜通しUNOやろうぜ」
「私カウコンの方が見たい。あと2人でやるUNOって楽しい?」
「文句ばっかかよ」
 宴会に付き合わされて見たことがなかったアイドルのカウントダウンコンサート、見てみたいのだ。好きなグループがいるということでもないが、キラキラとした衣装とステージ、色めきたつファンの女の子たちを見ていると、幸せな気持ちになる。人を呪うより幸せにするほうが、よほど簡単だ。
「じゃあUNOやめて戦艦ゲームな」
「勝てる気がしなくなってきた」
「こてんぱんにしてやる」
 形の良い唇を歪ませて、悟くんは嫌らしく笑うが、その表情すら様になるのだから本当に困ったものだ。



 炬燵の上に散らばったお菓子の袋と、ジュース缶の山。アルコールなんてちっとも入ってないのに、ハイになった悟くんの笑い声が部屋に響く。
「悟くん、私カウコン見たいって言ったんだけど」
「アイドルより俺の顔の方がいいだろ」
「いや、そういうことじゃないんだよね」
 結局特番のお笑い番組を見る羽目になった。ベテラン芸人に若手芸人がこれでもかと言うほどいじられて、場が沸いている。面白いからいいんだけど、さっきからゲームが進んでない。
「今、悟くんの番なの覚えてる?」
「おう」
 今年のお笑い賞レースでグランプリを獲ったらしいコンビの漫才が始まる。食い入るようにテレビを見つめている悟くんを見て私は察する。あ、これもうゲーム進まないやつだ。
 しかし悟くんと2人で過ごす年末も、まったく悪いものではない。硝子ちゃんたちの過保護も杞憂だ。そっとゲーム盤を片付けることにした。あ、こんなところに魚雷配置してたのか。
 ぬるくなったビールは美味しくない。実家にいたときも倫理観を母胎に置いてきたような爺に無理矢理飲まされたこともあった。ただ、その時に感じた不味さとは別に感じるのは、気のせいだけではないはずだ。
「初詣、どうする」
「悟くんも初詣とか行くんだね」
「お前、俺を何だと思ってんだ」
「天上天下唯我独尊が服を着て歩いてると思ってる」
 その大きな両の掌が私の首をぎゅっと絞めた。しかも割と本気の強さで。
「ははっ、馬鹿面」
 掌はすぐに離れたものの、首に広がる悟くんの掌の感覚はそうすぐには消えてくれない。私を馬鹿面と嗤うなら、悟くんは間違いなく馬鹿力なわけだが、もう絞められるのはご免なので私は口をつぐんだ。
「で、どうする、初詣」
「そうだなー、御神籤引きたい」
 1度だけ元旦の集まりをばっくれて、当時の友達と初詣に行ったことがある。みんな浮かれていて、ひんやりとした空気と上気した頬が綯い交ぜになって、御神籤の結果に笑って、とても楽しかった。あの子たちは今どうしているのだろう。御神籤の恋愛の項で一喜一憂していた、屈託のない顔たちを思い出して少し感傷がこみ上げる。
 テレビを見やると、芸人たちがカウントダウンを読み上げていた。
「呪術師が初詣で御神籤引く姿って滑稽かな」
「かなりな」
「そんなはっきり言わなくても…」
 3、2、1で銀テープが飛び散ったテレビの向こう側。綺麗な着物を着た女子アナが、声高らかに新年の挨拶を読み上げている。
「新年おめでとう、悟くん」
「おう」
 初日の出まではまだ数時間ある。少しだけ仮眠したら悟くんと初詣だ。人だらけの境内で、灯台のようにそびえ立つ悟くんの頭を思い浮かべながら私は炬燵に潜り込んだ。
朝焼けと無彩色

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