鷺ノ森家
御三家とは一線を画す呪術師の家系。代々、鷺ノ森幽奠(さぎのもりゆうてい)を名乗る当主を筆頭とする、呪霊を祓うためには手段を選ばない集団、というのが界隈での共通認識。一時は呪詛師集団として秘匿死刑の対象となりかけるも、当時の当主「幽奠」が鷺ノ森家における規律を設立したため、執行は無期限延期となった。
なお現当主の幽奠で二五代目という噂があるが、「相手を圧倒する大柄な男」「荘厳を具現化した老婆」、「儚げな美青年」など一貫性のない容姿にて語られるため、近年では『鷺ノ森幽奠』なる人物の実在性は極めて乏しいとの見解もある。

「ま、都市伝説みたいなもんだね」
 Wikipediaを朗読するかのような説明を、硝子ちゃんはそう締めくくった。
「へぇ、有名なんだね、鷺ノ森家って」
「ほんとお前何も知らないんだな」
「この前まで普通の女子高生だったんだから、仕方ないだろう悟」
 東京都立呪術高等専門学校の一年に編入されて1週間。私は「この世界」の常識を頭に詰め込まれすぎて、そろそろパンク寸前です。
両親や親戚から抑圧されるばかりの実家から逃亡したのが1ヶ月ほど前。これはお前のためだ、という言葉を免罪符に私を家に閉じ込め続ける彼らにほとほと嫌気が差したのがきっかけ。閉じ込められていた、とはいっても、それでもまあ有難いことに、普通の学校にはきちんと通わせてもらっていたので世間一般の常識や流行りは知っている。生い立ちが知られなければ私は本当に「普通の子」なのだ。
ただ1つ普通でないことがあるとすれば、そうだ、呪術が使えることくらいで。物心ついた時には既に習得していたその術は、私を抑圧するあらゆるものから救ってくれた。親戚の集まりに行くことを拒否して納戸に閉じ込められた時は、納戸を木っ端微塵にした。躾と称して拳が振るわれそうになった時は、その拳を骨ごと粉砕した。そうしているうちにあからさまな抑圧はなくなったが、次第に私の存在は身内の中で、畏怖と、尊敬と、期待を背負って立つものになってしまった。
 それもこれも全て私のためたと言われたときに、私の尊厳ある死とはなんなのだろうと思った。生まれることを望んだわけでもないのに生まれて、死にたい時に死ねる訳でもないこの人生を、私のために私は生きることが出来ているのか?
 彼らが言う「私のため」は、あくまで「家」の体裁を保つためのおままごとだ。
そういった色んなものが全部嫌になり、このまま私が私のために生きられずに死ぬくらいなら、ここはひとつ、死にものぐるいで逃げてみようと思ったのだ。
 案の定、私を追ってきた両親や親戚を呪術で捻じ伏せていたところ、新余曲折あって高専関係者に見られてしまい、結果として編入という形で高専に在籍するととなった。名目は保護と教育。感性と、半ば独学で身につけたこの呪術を野放しにする訳にはいかなかったのだろう。両親たちを傷つけるつもりがなかったと言えばあまりに真っ赤な嘘ではあるが、とは言え、それなりのことはしてしまった。
 運良く同級生にも恵まれた。人格ある同級生かと言われたら、疑問は残るものの、独りよりは断然良い。
「っていうか、五条くんは御三家の人なんだね?」
「芸能人を見た時の反応みたいだね」
「見せモンじゃねーよ」
 片手で私を払う仕草をする五条くんと、それを諌める夏油くん。仲良いね。私もそんな友達が欲しかった。馬鹿な友達を作るなと両親に言われ、友達は作れなかった。仲良くなった子が、あの人たちに「馬鹿」扱いされるのは耐えられないと思ったからだ。それならば始めから友達なんて居ない方がいい。
 いいなぁ、友達。
 諦観にも似た羨望が、つい口から漏れた。まずい。そう思った時にはもう遅かった。
「アンタはもう友達でしょ」
「こんなに毎日色々教えてあげてるのもボランティアだと思われてたのかな、心外だなあ」
「バカと話すのは疲れる」
「…ありがとう、いい友達が二人もできて嬉しい。ありがとう硝子ちゃん、夏油くん」
「おいコラ」
 私の顔を鷲掴みにした五条くんの掌の大きいこと。随分昔に父が私を褒めて頭を撫でてくれた記憶など、今になって思い出したくなかった。
「お前またまた弱っちいんだから、もし鷺ノ森の人間と遭遇したらダッシュで逃げろよ」
「それかすぐに私を呼んで。君のダッシュで逃げ切れると思えないから」
「んぐぐぐぐ…五条くんも夏油くんも私に対して失礼すぎる……」
 言い負かされたままの私を見て、硝子ちゃんは爆笑していた。
 しかし私はその鷺ノ森から逃げ遂せる自信はある。なにせ既に一度達成しているのだ。今、この瞬間も。
「ま、素質はあるんだろうし大丈夫だって、名前」
「私の味方は硝子ちゃんだけ…」
「今日二度目の心外発言だよ、苗字さん」
「ほっとけよ傑、そんなバカ女」
「昇級した暁には五条くんを真っ先に祓う……」
「おーおーやってみろや」
 名前も顔も声も変えて、私は、鷺ノ森幽奠は今、苗字名前として生きている。
 私が、私として死ぬために。
金色の隠れ家

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