誰1人として血の繋がらない私たち3人を「家族ごっこ」だと嗤う者はいた。だが、どうにも“生い立ちが悪い”私は、生きていれば勝ちだと思っていたので、好きに言っていればいいと放っておいた。あまり人の悪意に視線を向けない私を、母はすこぶる心配していたようだが、父は強い子だと言って大層可愛がってくれた。いや、もちろん、母も可愛がってくれたのだが。
 何がどうなってこうなったかは知らないし、母は教えてくれない。私は産まれてすぐ、どこか東の田舎の孤児院の前に棄てられていたらしい。母はそこの職員だった。そこには私と同じような子だらけだった。親に虐待された子、戦で親を失った子、私のように棄てられた子。そんな掃き溜めのような場所で何が起こるか。生存を賭けた、そこまでの半生のリマインド。虐待の連鎖というのは、ああいうのを言うのだろうなと、今になれば思う話だ。
 職員だって、「哀れな人生の哀れな子どもを哀れむ美しい己」のために仕事をしていた。愛に飢えた子どもたちに手を出す。拳を振りかざし、命の根源的欲をぶつける。そんな地獄のような場所においてさえ、母は本当に美しかった。遂に私にその欲望の手が伸びたとき、ヒトの男の身体を借りた「欲望」の頭に震える手で鉛玉をぶちこみ、私の手を引いて逃げ出したのだった。ここまでが母が教えてくれた話。
 田舎からセントラルに命からがらやってきて、行く宛もない女と女児がどう生きたか。そこから先は、意地悪で茶目っ気のある笑顔で「ナイショよ」と母は笑った。父はそれを見て、心底幸せそうに私の頭を撫でた。なるほどな、夫婦の秘密、ね、と、嫌に物わかりの良い娘に徹した。そう、その頃だ、私が母を「母さん」と、父を「父さん」と呼ぶようになったのは。それまで、2人をどのように呼んでいたかは思い出せないのは、少々寂しいものだ。
「苗字大尉!」
「どうかしましたか、准尉。」
「大総統閣下より勅令です。国家錬金術師率いる全隊、出撃せよ、と。」
 父は読書家だった。ロマンス小説や、哲学書、果ては化学、錬金術師に関わる専門書。本と名の付くもので、自身の興味の対象が載っているものはなんでも集めていたとように思う。私が錬金術に手を出したのも、可愛らしい絵本を読むかのように錬金術書を読み漁ったからだ。やはり母は複雑そうな顔をしていたが、やはり父は好きなことをさせなさいと嬉しそうだった。過保護と放任を程良く受けながら、私はいつしか国家錬金術師になっていた。
 人間兵器。軍の狗。そう罵られるのは全く辛いことではなかった。それよりも「家族ごっこ」と嗤われた時の方が幾分かは辛かった。そう自覚したとき、どこかで爆音が鳴った。母と父に会いたいなぁ、と柄にもなく思った。父は互いに生き延びていれば会える。母には、ここで死ねば会える。銀時計を見せた数日後、彼女は幸せそうに笑って逝った。元々身体は強くなかった。職場に謀反を起こし、血の繋がらない娘を守り、その娘の独り立ちを見届けて、酷く安心したのだろう。ならばこんなところで死ぬわけにはいかない。
「わかりました。では行きましょうか。戦陣はマスタング少佐やキンブリー少佐が開くでしょうから、我々はその後方支援です。」
「…大尉はそこには加わらないのですか?」
「えぇ、専門は医療系なので、本当に人員が不足するまでは彼らの後方支援です。彼らほどではないですが、攻撃のための構築式は持っていますから、護衛程度の活躍はできますよ。」
 錬成陣を墨で刻み込んだ両腕、その先の掌を合わせれば閃光が放たれ、准尉の遙か後方に迫っていたイシュヴァールの少年が四散した。
 死んでも母には会えない気がした。
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