とんでもない朝
誠凛高校に通うようになって、もう二ヶ月。
最初の頃よりも学校にだいぶ慣れ、制服もだんだんと着慣れてきた。
この前中間試験も無事終わったので、今は部活に力を入れている。
そんな何でもない日、学校に慣れてきたから気が緩んだのか、日頃のきつい部活の練習の疲れが溜まっているのかわからないが、寝坊をしてしまった。
いつも乗っている電車に乗ろうと走ったが、丁度行ってしまったみたいで、遅刻を覚悟で次の電車を待つことにした。
乱れた息を整えながら、小説を読もうと鞄の中を探るが、小説が見当たらない。
…忘れてしまった……。
朝から最悪だ。
ため息をついて、前に並ぶ女子高生二人をボーッと見た。
あまり見ない制服だ…この辺の高校の子ではないだろう。
もう六月なのにまだブレザーを着て、上の服装からは見当もつかないくらいスカートは短い。
「ちょっ、そうそう。昨日バイト中に超イケメン来た!」
「うっそ。いいなー」
「千晴もバイトしなよー」
「えーだって私はほら、部活してるし…」
「あーそっか」
なんて、女子高生らしい会話が聞こえてくる。
「そう言えば千晴 、先輩とどうなったの?」
「どうって、どうもないよ」
「絶対千晴のこと好きだよ」
「ないって」
駅のホームに女子高生二人の会話が響き渡った。
特に右にいる…千晴と呼ばれる女の子の声がよく耳に通る。
ぼんやりと、僕はこの声が好きだ、と思った。
「実際さ〜、電車通学も夢見てたけど、全く出会いなんかないし」
「それ思う」
「この前なんか満員でもう…」
風が吹くと同時に、千晴と呼ばれる女の子の綺麗な髪がなびく。
香水でもない、シャンプーのようないい香りがした。
身長も髪の長さも声も、いわゆる僕のタイプというやつで…
こんな人と初めて出会った。
顔も、見てみたい。
「………………」
……何を言っているんだろう、僕は。
今日初めて会って、それも数分前。
顔も見ていないし性格も知らない。どこの人かも知らないのに。
やっぱり寝坊もしたし、疲れているんだ。第一僕は、恋なんてしたこともないし……。
色恋沙汰は無縁なんだ。
はあ、と静かにため息をつく。
そしたら、この駅には止まらない電車が、目の前を通り過ぎていった。
ガタンゴトン、ガタンゴトン、
という大きな音とともに風がビュッと吹く。
その時だ。
千晴と呼ばれる女の子が、風で乱れる髪をおさえながら後ろを振り返る。
誰にも見つからない存在感の薄い僕なのに、まるで僕がずっと後ろにいたことをわかっていたかのように振り向いてきた。
千晴と呼ばれる女の子とばっちり目が合う。
その振り向き様は後ろから誰かに名前を呼ばれたような感じで。
思わずその大きな瞳にドキッとする。
「千晴、見て見て、これ」
「、…あ、なになに?」
────────今日は本当にとんでもない朝だ。
寝坊はするし、いつも読んでいる小説は忘れるし…。
見知らぬ子。会ってまだ数十分も経っていない子に。
一目惚れをしてしまった。
≪END≫
一目惚れしちゃったテツヤさんです、続編書けたら書きたいです。