酔芙蓉 *


 隣の村へと向かう一本道を急いでいた。両脇を白い花に囲まれ方向がわからなくなりそうだったが道はその一本だからただ真っ直ぐに進めばよい。日はだいぶ高くなり、眩しく光る太陽を見上げた。さっさと用を済ませ暗くなる前には村に戻りたい。これは少し急がないとまずいなと、茹だるような暑さに溜め息を吐いてからふと花に視線を戻した。その花の白い花弁は薄い上等の絹布のようで矢のように突き刺す白い光を柔らかく透かす。花は暑さなど何も感じてはいないようで、まるで柔らかい春の日射しでも受けているかのように気持ちよさそうに生温い風に揺れた。

 少し手間取ってしまったなと、今朝来た道を急ぎ足で引き返す。太陽がだいぶ傾いて日射しは和らいだが、じっとりと湿った熱気はそのままだ。ときおり吹く風は汗でベタベタの肌にねっとりとまとわりつくだけで気持ちのいいものではなかった。しばらく歩いておかしいなと首を傾げた。道は一本道で間違えようはないはずと、隣の村を出てこの道に入ったときの様子を思い出してみるが、間違えたりはしていない。朝、通ったときは白い花が咲いていたと思うのだが、今咲いているのは薄紅色の花だ。薄紅色の花弁は朝見た白い花弁をほんのりと染めたみたいに色づいていて、夕日に染められた鴇色の空と同じ色をしている。急いでいた足を止め、花をジッと見た。

 吹く風は相変わらずねっとりとした生温い風で、誰かに息をフウッと吹きかけられたような気持ち悪さを感じる。竹筒の水をゴクリと飲み干した。早く帰らねばと思うが、動く気になれずに花を見る。どのくらいそうしていたかはわからないが、気がつくと空はまだ明るいのに自分のまわりは仄暗くなっていた。ユラユラと花が揺れた。フワリと目の前をよぎったのは白い衣のようだった。どこからか虫の音が聞こえ、さっきまでとは違うヒヤリとした風が頬を撫でる。

「ねぇ? 道に迷ったの?」

 そう訊く声がして、カサリと花が揺れた。黙っていると「こっちへ」と白い手が誘う。そうか、道に迷ったんだなぁ。と思いながら、フラフラと花の中へと入っていった。



(了)






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