瞬きの逢瀬 *


 天文学がロマンティックだったのは、ずっと昔のことだ。その昔、夜空に瞬く星を眺めていた天文学者は、今では数字ばかりが並ぶモニターを眺めている。冷めたコーヒーを啜って不味いと呟く。チカチカとする目をギュッと閉じ目頭を指で押さえる。ポケットから目薬を取り出して差した。パチパチと瞬きしてから束になった紙片をペラペラ捲り、大きく息を吐く。マグカップに残ったコーヒーを飲み干すと席を立った。

 外に出ると、サラリと乾いた風が通り過ぎた。見上げた空が高い。茹だるような暑さも、うるさかった蝉の声も気がつけば消えていて、禁煙する理由も消えていた。敷地の端に置かれた傾いて安定感のない錆びた灰皿の脇に立ち煙草に火を点ける。煙と一緒に何度目かのため息を吐いた。

 澄んだ青い空には巻積雲が見える。雨なんか降りそうにもない空の明るさに目を眇めると、高いところを音もなくスーッと西に向かって飛んで行く飛行機を見つけた。飛行機はだんだんと小さくなり空に溶けた。煙草の火をギュッともみ消して、ポイッと灰皿に投げ込んだ。灰皿の掃除は、もうちょっと後でも大丈夫そうだなと思った。

 機影の消えたその空を見上げながら、そのさらに遠くを飛んでいる探査機のことをふと思い浮かべた。成層圏を抜け、真っ暗な空間に飛び出し、惑星とのランデブーを繰り返しながらどんどん進めば、ここでは明るく眩しい太陽もやがて夜空に瞬く星のひとつになる。そして、暗く冷たい空間にポカリと浮かぶ寂しげな惑星が見えてくる。その惑星の姿にその孤独を想像した。

 ポケットから煙草を取り出して2本目に火を点けた。静かな空を見上げ煙で白い輪っかを作ると、それが消えてなくなるのをジッと眺めた。

 太陽に捕らわれた惑星は、危ういバランスを保ったまま太陽が朽ちるそのときまで回り続けて、太陽とともに朽ち果てる。永遠とも呼べるような長い時間を触れ合うことも離れることも叶わず、自分を捕らえた小さく瞬く星をただ独りきり眺め続ける。一瞬の逢瀬は、慰めなのか、戒めなのか、そこまで考えて苦笑した。探査機も惑星も孤独なんて感じやしない。

 煙草の火を消し、灰皿にポトンと落とすと、空に向かって腕を伸ばした。「さて、と」と小さく呟く。リアリストの天文学者は彗星を見つけるべく、数字が並ぶモニターの前に戻ることにした。



(了)






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