青春りっしんべん


 窓から射し込む陽射しの強さにとっくの昔に春が来ていたことに気づく。掃除機かけたかったけどなぁと舟を漕ぐ銀さんを横目に見ながら窓を開けると、フワリと生温い春風が部屋の中へと入って来た。神楽ちゃんはとっくの昔に外へ飛び出して行ったから部屋は時折通りを行く人の声が聞こえてくるぐらいで静かだ。ポカンと明るい空を眺めてなんだかなぁと声には出さずにボヤいた。

 今朝、僕が万事屋の戸をくぐると、神楽ちゃんがワイドショーを見ながらひとりで卵かけごはんをかきこんでいた。訊くだけ無駄かとも思ったけれど、一応「銀さんは?」と訊いてみる。神楽ちゃんからは「寝てるアル。明け方に帰って来たネ。ガタガタ音してたアル」と答えが返ってきた。僕が「ったく、だらしない大人だなぁ〜」とボヤいていると、神楽ちゃんは「だらしなくないオトナなんて見たことねーヨ」と何杯めかは知らないけど卵かけごはんのおかわりをしながら応えた。確かに彼女の、というか、僕らのまわりの『キチンとした大人』ってのには心当たりがない、かもしれない。

「神楽ちゃんさぁ、卵かけごはんだけじゃなくて何か他のおかずも食べなよ。味噌汁かなんか作ってあげるからさ」
「んじゃ、卵焼き作るアル」

「……神楽ちゃん、卵から離れようよ」

 冷蔵庫を覗くとたいしたものは入ってなくて、卵の残りも2個だったので、もういいやと神楽ちゃんのリクエストどおりに卵焼きを作ることにした。どうせだから豆腐とネギしかないけど味噌汁も作る。鍋を火にかけて卵を割ってカシャカシャと混ぜていると「新八ィ、まだかヨー?」と神楽ちゃんの声が聞こえた。

 出来上がった卵焼きと味噌汁でさらにご飯を3杯おかわりした神楽ちゃんが「出かけてくるネ。おにぎり持って行くアル」と言うので、残ったご飯でおにぎりを握ってあげる。神楽ちゃんに「行ってらっしゃい」を言ってから空になった釜を洗っていると、銀さんがのそのそと起きてきた。

「……おー、新八、来てたの?」

「そりゃ来ますよ。一応ここで働いてるんで。それよりごはんはどうします? 神楽ちゃんが釜カラッポしたんですぐには食べられないですけど」

 手を拭きながら銀さんのあとについて行く。銀さんはイテテと腰をさすりながら身をかがめて怠そうに居間へと向かい、「……待つ」と言ってからヨロヨロとソファに座るとそのままズルズルと寝転がった。

 僕はお茶を注ぎながら「銀さん、また寝るんですか? 僕、ご飯炊いちゃいますよ」と訊くと、銀さんは「だりィ〜……」とボヤく。僕は銀さんを残して台所に戻った。そして、どうせだからと5合炊いちゃえと米櫃代わりのバケツのフタを開けてちょっと考えたあと、面倒くさいしまぁいいやと米をザザッと釜に移した。米を研ぎながらチラリと居間の方を見た。シンとしてなんの気配もしない。銀さんはきっとソファでまた寝てしまったに違いない。ポツンと残された湯呑みをふと思い浮かべた。

 神楽ちゃんのことを考えると朝帰りってのもなぁと思ったりする部分もあるのだけれど、銀さんは僕らの保護者みたいな大人ではあるけども保護者ではない訳で、銀さんに保護者らしさを求めるのはちょっと違う気がする。それに銀さんがいなくたって階下にはお登勢さんたちもいるし、この町には僕らのことを知ってて世話を焼いてくれる大人は意外とたくさんいる。

 だったらなんで面白くないんだろう。

 僕は気がつく。銀さんが朝帰りするのがただ単に面白くないだけなんだと。それは独占欲みたいなもので、僕らの知らないところで僕らの見たことのない大人の顔でお酒を飲んだりしているんだろうなと思うと面白くない。そう、面白くない。そういうのって子供じみた独占欲だと思うけど銀さんは僕らの銀さんでいて欲しいんだと思う。

 僕らの知らないところで銀さんは誰と何をしてんだろうかと、ふと思う。街をぶらぶらして長谷川さんとか捕まえてパチンコに行くか、競馬に行くか、夜なら飲みに行ってるんだろうけど。本当にそれだけか?

 銀さんは僕らの前では保護者ヅラして恋だの愛だのって浮かれるようなトシじゃねぇよと笑うけど、ホントのところはどうなんだろう。恋だの愛だのって浮かれることはなくとも、やはりそういった種類の欲求というはあると思われるワケで。そりゃ男ですから。そりゃそうです。当たり前です。

 僕の知った限りじゃそういう女の人はいないと思うし、プロのお世話にもなってないと思う。だとすると、自分で抜いてるということになるのでしょうか? イヤイヤ、なんていうか、生理現象なワケですから、やましいことなんてないですよ。フツーです。成人男子としてはごくごくフツーのそれですから。いや、てゆーか、なんでこんなに焦るワケ? 何をオカズに抜こうがそれは人それぞれなワケで。プライベートなことなワケで。僕の知ったことではない。そう、知ったことではない……ハズなんだけども。でも、どうやって、どうやって抜くんだろうって思った。あの手で、どんなふうに……。

「……銀さん」

 風がなぞった白いうなじに見つけたのは見せつけるみたいな赤いマークだったりする。

「……おー……、メシできたかー」

「アッ、アンタには恥じらいってモンはないんですかッ!?」

「は?」

「トイレ行ってきますッ!」

 クソッ!とドアを蹴った。堪らなかった。



(了)






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