背比べキスをするとしたら 大好きなあなたとするためには背伸びをしなければならなくて、私はいつもつま先立ちでいるのです。 「先輩、なにしてはるんですか」 誰の目にも分かるほどに熱くなった頬を冷やそうと逃げるようにかけこんだ先が悪かった。 部活はとっくに始まっている時間だからと油断したのも悪かった。 背後から聞こえて来たのは、今一番会いたくなかった相手のもの。 部室にある小さな蛇口を目いっぱい回し、溜まった熱を誤魔化すために勢いよく飛び出した水で顔を冷やした。 「顔、あかいですよ」 「…今日暑いし、華月から走ってきたからやろ」 数個ボタンを外したシャツにぱたぱたと空気を送りながら、着替えるから外に出ろ、と財前を促す。 この後輩にこれ以上詮索されたくはなかった。 「小春先輩もおらん日に走ってくるはずないです」 ほら、そうやって知ったように。 確かに小春は生徒会があるから部活には来ない。 けれどもそれを知っているはずはない。 だって、俺だってさっき今日は臨時の生徒会があるから部活に行かないと聞かされ、ライブ終わりに蔵に言う時間がなかったからと言伝を頼まれたのだから。 「なんで知っとんねん」 「生徒会役員の友達おるんで」 「暑かったから、それだけや」 「嘘や。小春先輩と何かあったんやろ」 何か、というほどのものではなく、ネタの後、はける途中にけつまずいて顔がとても接近してしまっただけ。 それだけのことだったのに、この顔は敏感に反応した。 周りは暗かったから、小春には気付かれていないだろうと思う。 それでも恥ずかしくて、小春にろくにサヨナラも言わずに飛び出してきた。 はずかしいやつだとは思う。 「はよ冷やしたらどうですか。さっき部長が休憩入れるとかゆうてましたよ」 今日、暑いっすから。 そう言って、自分のロッカーから出してきたタオルを投げてきて、こちらに背中を向けて去ろうとする。 そのまま行けばよかったのに、財前の足は動かないで、聞いてしまっていた。 「…恋人キスネタで顔近いの耐えられんかったとかですか」 「ちゃう。転んで小春に支えてもらった。そしたら顔近くて」 「それだけっすか」 「それだけや。おもろないやろ」 本当に、面白くない。 人を邪魔扱いしておいて、いざ聞いてみたら案外話してくれるものだ。 「アホっすね」 自分も大概にそうだろうと思うけれど、きっとこの人ほどではないと思う。 後ろを向いたきりでユウジのことは見えないけれど、いつもの情けない顔でいるんだろうということは想像できた。 だからって振り返りはしないけれど。 財前も、ユウジも、一方通行の想いだけ持っているから。 「知っとるわ、アホ」 「…」 「小春に近づかれるだけでドキドキすんねん。小春が話しかけてくれるだけで応えるのにいっぱいいっぱいやねん。ほんまアホやと思うわ。お前になんか分からへんやろうけど」 精一杯背伸びしても届かないから、構ってもらうために情けないと思いながら必死になっていることなんて。 「分かりますよ」 見上げてばかりの人に気付いてほしくて、負けじとつま先立ちで歩いてましたから。 「ユウジさんはいっつも小春先輩のことばっか見とったし、俺のことなんか全然見いひんかった」 「そんなん、俺は小春のことが好きやし」 「俺は、ユウジさんのことが好きです」 ぶわり。 小春の時よりも顔が熱くなるのを感じたけれど、小春のときみたいに逃げ出そうとは思わなかった。 「お互い背伸びやめたら、ちょうどよくなるかもしれへんのに」 「お前がいくら俺を好いてくれても、俺は小春のことが好きやから」 「いいです、それで」 そういうとこ含めて、好きなつもりです。 そう言って、財前が扉を開けると丁度休憩が入ったらしく、部室に入ってくるところだった謙也と入れ替わりに出ていった。 「少しはボケろや。あのアホ」 こんな無意味な背比べ、そろそろ終わりにしましょうか。 --------------------------- 本当、ごめんなさいです。 こう、ユウジと財前の片思い片思い書こうと思ったんですけど、あれ?なんか文章としてもおかしい\(^O^)/ |