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▼  U-2

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避けられた事態だった。
俺がもう少し気を配ってさえいりゃあこんなことにはならなかったんだ。だってそうだろう?俺は目の前にいたんだ。手の届く距離だったんだ。ウサ耳の上に雷の能力を持った異世界の人間なんて、万が一外に洩れたら手に入れようと暗躍する馬鹿に付け狙われるに決まってンだ。何が守ってやる、だ。自分に反吐が出る。

突然身についた能力を使いこなせるわけもなく、アンの雷は制御不能だ。もともと俺達と違って潜在能力は高くないから、ちょっと激しく火花が散る静電気程度のもんだけど。なんつーか気合を入れたら触れなくもない微妙さがまたもどかしいったらねェっつーかむしろ逆に抱きしめたくなるっつーか。…って話が逸れちまった。要は程度は弱いとは言え、俺達の家は海の上に浮いている船である以上、能力を制御できないというのは非常に困る。つまり能力を抑えなきゃいけない。自力じゃ無理ってんなら、強制的に。

「アンちゃん、あのよ」

先ほど親父に報告しに行くと、やはりと言うか予想通りと言うかさすが親父っつーか?親父は俺の報告にも悠然と構えたまま、むしろ楽しげに笑っていた。「なんとかしてやんな」との至極簡潔なお達しに苦笑いを返した俺は、とりあえず部屋にアンを連れ帰ってきたけど、気分は重い。

「それなに?…手錠?」
「あー海楼石、だな」

ベッドに座れば焦げると思ったのだろう、床にぺたんと座り込んだアンは、無意識に出る火花を抑えようと必死になっている。なんの連鎖か再び復活したふわふわ揺れるウサ耳も相まって、その姿はそりゃあもう可愛いけど、アンの身体は全体的に薄い光を纏ったようにパチリパチリと爆ぜていて、これといった成果はない。そりゃそうだろう。そもそもアン自身どうすりゃいいのか分かってねェんだから。
部屋に戻る途中立ち寄った倉庫から持ってきたのは海楼石の手錠。女用やら、可愛いタイプなんてもんが存在するわけもなく、ずしりと重く頑丈なそれはただただひんやりとした冷たさを伝えるだけだ。手錠かと尋ねたアンは一瞬顔をこわばらせた。怯むのも当然だ。おそらくこんなものを見ることさえ初めてなんだろうから。

「これつけたら抑えられんだけどよ」

但し弊害がある。気分も悪くなる上に、おそらくアンの体力では身体を動かすことも儘ならないだろう。そんな説明をしながらゆっくりとしゃがみこんで、視線を合わせる。言いよどんでしまうのは、そんな姿を見たくないという個人な感情と、アンがその外見とは違って呆れるほど芯が強いことが分かってるから。そう、アンならきっと、

「ほんと?よかった。じゃあそれつけたらいいんだね」

よろしくお願いします。
ぺこりと頭を下げたアンは済まなそうに眉を下げて、両手を差し出した。
アンなら迷わずそうすると分かっていた。だからこそ俺は、自分の失態が悔やんでも悔やみきれない。

「いいのか?」
「うん。これ以上みんなに迷惑かけたくないし」
「…んじゃ、つけるぞ?」

ガチャリ。
嫌な音が部屋に響いて、アンはふにゃりとその場にへたり込んだ。あーもう。せめて片手だけに留めたのはアンの為か、はたまた。

「…だから嫌だったんだ」
「…?サッチなんか言った?」

思わず独り言が零れた。返ってきたアンの言葉は聞こえない振りをして、曖昧に笑い返した。
そっと抱きかかえてベッドに寝かせる。辛そうにしながらもこちらをまっすぐに見上げるアンの瞳からさりげなく目を逸らすとアンが名前を呼んだ。チャリ。鎖が擦れる音がした。ゆっくりと伸びてきた小さな手が頬に触れて、目元の辺りを撫でるように包む。

「サッチ、大丈夫?」
「え?」

そりゃあ俺の言葉だろうが。

「…だってサッチ泣きそうな顔してる」
「っ」
「ごめんね。早くちゃんと使いこなせるように頑張るね」

徐々に消耗する体力に身体はとっくにだるいだろうに、アンはふわりと笑ってみせた。

「だめだねぇ私。サッチにこんな顔させちゃダメだ」

困ったように、少し恥ずかしそうに、てへへとおどけてみせるアンに、悪ィと謝りかけた言葉を飲み込んだ。

「ほんとだぜ全く。アンちゃんのせいで俺っち泣きそう」

ほろほろと大げさなほど泣き真似をしてみせたら、アンが可笑しそうに笑ったから、俺はなんだか救われた気がしたんだ。



【この目に映るのは穏やかな笑顔であれ、と願い誓った日】
泣き出しそうな笑顔じゃなくて。

「つうか手錠に潤んだ瞳ってのは非常に美味し…ゲフンゲフン」
「ん?なに?」
「なんでもねェよ。さ、アンちゃん一人じゃ寂しいだろ?俺っちが添い寝してやっからな」

「エース、様子見て来いよい」
「絶対ェやだ」

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