男が一度はあこがれる

はじめての合宿、の前日。クロが我が家にやってきて研磨、そして私にあれやこれやと世話を焼く。忘れ物はないか、ゲームは置いていけ、ちゃんと他校生に挨拶をしなさいよ!なんて親のように言うもんだから研磨はげんなりしてた。それを見ながらお母さんが「鉄くんがいると2人とも面倒見てくれて楽だわー」と楽しそうに笑っていた。

「なまえ」

「なに?」

「いや、頼みたいことがあって」

ニヤッと笑うその顔はさっきまでの世話焼きで面倒見のいい親の顔じゃなく、年相応の悪巧みしてる顔だった。普段面倒をかけてる側としてはなるべく役に立てる時に役立っておきたい。珍しいクロのお願いに二つ返事で引き受けた。

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郊外とはいえ、同じ都内にあるのでそれほど時間がかかることなく梟谷学園に辿り着いた。私立だからうちの学校と違って設備が良く、なによりも図書館が大きいのが羨ましい。校舎を見上げながらこの合宿中のどこかで図書館に行けないかなぁとぼんやり考える。なんなら図書館で寝泊まりしてもいいくらいだ。

「部屋で寝ろよ。あと夜更かし禁止な」

「…分かってるよ」

「お前もだぞ、研磨」

「…うるさいな」

頭の中の考えをあっさりとクロに読み取られる。そして横を歩いてた研磨も。その手にはスマホが握られ、最近ハマってるアプリゲームが表示されていた。十分ハイスコアな点数が表示されてるが、ゲーム内のトップランカーに食い込むにはあと少し足りず、夜な夜なスマホと睨めっこにしている。それも含めて全てクロにはお見通しらしい。

姉弟揃って目を逸らしながらバツが悪そうに答えると「ほんとお前らそっくりな」と夜久に大声で笑われた。優しくて紳士的だったのは最初だけで、最近は夜久にズケズケ言われることが多くなった気がする。

「クロ、昨日から口うるさいね」

「合宿でテンション上がってんじゃない?ほんとお子さまだよね…。」

「そこ、姉弟二人結託して悪口言うのやめなさいよ。黒尾さん傷つくから」

研磨と結託して文句をつける。少し離れたとこで先輩たちと話してるからクロには聞こえないと思ってたのに。また研磨と同じような顔をしてたのか夜久が堪えきれないように吹き出した。

合宿用施設に荷物を置いてからみんなに続いて体育館に入る。すでに梟谷の部員も集まっていて団欒した空気の中、先輩たちが仲良さげに声をかけていた。

「ね、クロ。昨日言ってた人ってもういる?」

「ちょっと待ってな。多分すぐ食いついってくっから」

「?」

クロと話しながらキョロキョロと周りを見渡すと銀髪の人とパチリと目が合った。隠れるつもりはなくても、背の高いメンバーに囲まれると一際小さい私が見えなくなることが多いのに。大きくてくりっとした目にジィッと見られた後に「ああーっっ!!」相手が勢いよく声を出す。

「音駒に美人マネージャーが入っているだと!?どういうことだ黒尾!!」

「木兎さん、普通に入部しただけでは…」

まだ朝早い時間帯に元気良すぎるその声に横を歩いてた研磨が顔を歪ませた。ああ、この人かとすぐにピンときた。昨日の夜にクロに教えてもらったあのボクトコウタロウだと。

「どうだ木兎、羨ましいだろ!」

「いや、梟谷はマネ2人もいるし負けてない!!」

「フッ!それはこれを知っても言えるかな?」

「…鉄くんがいつもお世話になってます。私、マネージャーで、鉄くんとは幼馴染の孤爪です。木兎くんのお話はよく聞いてます」

クロに肩を掴まれてボクトコウタロウの前にグイッと差し出される。昨日言われたクロのお願い通り、挨拶をする。鉄っちゃんにするか、鉄くんにするかと昨日悩んでたがどっちにしろ普段呼び慣れないから少しむず痒くなった。クロのたってのお願いだったので断ることはしなかったのだけれど。「よくやるよ」と呆れたように研磨がボソリと呟いたのが聞こえた。

「なっ!?男が誰しも憧れる幼馴染ポジションのマネージャーだと!!負、負けた…」

「え?木兎さん!?気をしっかり!」

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「幼馴染って窓とかベランダから入ってくんだろ?」

木兎くんは休憩に入ると「なぁなぁ!」と屈託なく話しかけてくる。初対面なのに距離感が近くて、クロがコミュ力オバケと言ってたのがすぐに納得がいく。後輩の赤葦くんが申し訳なさそうな顔をして「木兎さん、近いです」と木兎くんを後ろにやんわりと引っ張って適度な距離を保ってくれた。

「隣接してないからクロは普通に玄関から入って来てたよ」

「え、そーなの。じゃあ、ちっちゃい頃に結婚の約束とかしたりした?」

「いや、全く。たぶん木兎くんが思ってるような幼馴染エピソードはないと思うけど」

「なんだ!じゃあ俺は幼馴染いなくてもいーや」

前のめりになっていかにも興味津々と言った様子の木兎くんの質問に答えていくが、どうも想像と違った答えだったらしい。途端に興味がなくなったように両手を頭の後ろで組む。なんだか期待を裏切ってしまって申し訳ないが、幼馴染と言えば窓から入るのは漫画やドラマの中だけだと思う。普通に考えて危ないし。だけど、

「木兎さん気が済んだなら行きますよ。えっと、孤爪さんご迷惑をおかけしました。」

「いえ。…でも私はクロが幼馴染じゃなきゃ困る、かな」

つまらなそうに眉をよせてた木兎くんの態度に赤葦くんから謝罪をされた時、ボソリと独り言のように呟いた私の言葉に木兎くんの力強い目がぎゅるんと私を射抜く。

「なんで?」

「家族以外の唯一の理解者だから。いつも一緒にいてくれるし」

「いつも一緒、とは?」

「登下校もそうだし、クラスは違うけどお昼は一緒に食べてる。あともちろん部活も。夜も普通に家に来るから夕飯も一緒に食べてるかな。休みの日もだいたい居るよ。考えてみれば四六時中クロと一緒にいるかも」

「…それってもしや、お風呂上がりにバッティングなんてこと」

先程と同じように木兎くんの質問に一つずつ答えていく。ハッと何か重大なことに気づいたような深刻そうな表情の木兎くんと、何聞いてんだって顔した赤葦くんの対比がなんだか面白かった。

「しょっちゅうだね。クロは私の髪をドライヤーしてくれるの上手だよ」

「赤葦ぃぃーー!!俺もやっぱ幼馴染欲しい!!!」

「もう無理ですよ木兎さん」

家を行き来してるんだから、お風呂上がりだろうが寝起きだろうがクロに遭遇するのは日常茶飯事だ。ごく当たり前のことだと答えると木兎くんは赤葦くんに泣きついてしまった。至極迷惑そうな赤葦くんに今度は私の方が「なんか、ごめんなさい…?」と謝罪を伝えるしかできなかった。

「ねぇクロ、木兎くんの対応ってどうすべきなの」

「適当にあしらって赤葦に引き取ってもらいなさい」

「聞こえてますよ黒尾さん」

「そもそもクロが変なお願いするからじゃん」

「なまえも了承したから同罪でーす」

人見知りを最大限に発揮してた研磨のお世話を終えたクロが木兎くんと入れ違いでやってくる。木兎くんはあんまり騒ぐもんだから同級生のチームメイトに連れてかれてた。最初の挨拶はクロにお願いされたことをしたけど、それ以降は何も言われてないから普通に話したつもりだ。それなのに木兎くんが騒ぎ立てたこともあり、梟谷の方々に迷惑をかけた気しかしない。今も赤葦君が仏頂面で立っているし。この時はまだ初対面で木兎君が元来そういう性格だということ、そして赤葦君の表情が乏しいこともまだ知らなかっただけだったのだけど。

「つか、俺も木兎がここまで食いつくと思ってなかったんだけど」

「要約すると黒尾さんがいなきゃ生きてけないって話に木兎さんが羨ましがって」

「は!?ちょっとそれどんな話!?」

「別に、日常のこと言っただけで変なことは言ってない」



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