深海のピクニック



みんなの周りにも何をやってもダメなやつって1人はいるでしょ?容量が悪かったり、タイミングが悪かったり。あとは空気が読めなかったりとか。そんな風にとにかくドジでトロいやつ。きっと今、それに当てはまる身近な人を思い浮かべてると思うけど、私の周りの人に聞いたら全員がたぶん私を想像してると思う。いや、絶対。

母親の口癖は「なまえは本当に不器用ねぇ」とよく呆れていた。運動会のかけっこはドベしかとったことないし、大縄で引っかかるのはいつも私。水泳だって小学校6年間ずっと1番下手なおたまじゃくしクラス。ビート版で泳ぐのが精一杯。

運動音痴だけじゃない。ピアノも習いに行ったけど、何度やっても両手で弾けなくてすぐに辞めてしまった。そもそも、一つのことですら普通に出来ない私には両手に足と同時進行でやらなければいけないピアノなんて夢のまた夢。勉強だけはどちらかと言えばできる方だったけれど、テストの範囲を間違えたり、答案がズレてとんでもない点数をとったことだってある。

友達も最初は「なまえちゃんっておっちょこちょいだね」「マイペースだよね」と笑ってたけど、学年が上がるにつれて陰口を言う子も増えた。いつまで経ってもヘマしてばかりの私に母親のように呆れているんだと分かっていたけど、ごめんねと謝ることしか出来なかった。5年生の時にクラスのリーダーだったアカリちゃんに「なまえって見ててイライラすんだよね」と直接言われた時に泣かなかったのは本当に頑張ったと思う。

「よし、やるぞー!」

ミシンを引っ張り出してきて糸やら何やらセッティングしながらそんな昔のこと事を思い出していた。もう私だって16歳。謝る以外にも何か出来ることはないかと色々と試してみてはどれもこれも様になることは一つもなかったけど、幼馴染のおかげかこの間ようやくお裁縫の玉結びと玉止めがすんなり出来るようになった。だったらミシンだって出来るはず。電源を入れて動かした瞬間、ガタガタと明らかな不具合の音。驚く暇もなく、あっという間に手元の布がぐしゃぐしゃになっていった。

「タカちゃんッッ」

「おー。今度は何やらかした?」

「ど、ど、どうしよう。体育祭なのに。ミシンがガタガタなって、それで布が」

「とりあえず家行くから。危ねぇからそれ以上ミシン触ったりすんなよ?」

「わ、分かった」

困った時の緊急連絡先。私にとってそれは親でも友達でもなく、近所に住むタカちゃん。私の両親も仕事で家を開けることが多く、自然といつも一緒にいることが多かった。兄弟のいない私がお姉さんぶってたのは最初だけ。気づけば料理を作るのも、洗濯も掃除も学校の宿題までタカちゃんにお世話になりっぱなし。親よりも面倒を見てもらってると言っても過言ではない。

タカちゃんが家に来るまでになんとかしようとミシンに伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。電話越しの焦って拙い言葉だけでなんとなく事態を察するタカちゃんはエスパーなのかと思ってしまう。2つも歳下なのに、子どもの時から何でも器用にできて、私のドジにも嫌な顔せずに付き合ってくれる優しい幼馴染。

「ミシン使って失敗したのな」

「うん」

「ケガは?」

「ううん。それより布がダメになっちゃって、ミシンから取れなくて」

「いや、これだったら糸解けるから何とかなるよ。何?体育祭の衣装?」

「そうなの。衣装係になったから」

かけつけたタカちゃんにチアガールの衣装になるはずだった布が変わり果てた姿で発見される。面倒臭がる様子はなく、むしろ私の心配までしてくれる気遣いにジーンと胸が熱くなった。ミシンの方はチラッと見ただけで、私の手を引き寄せてケガの有無をジィッと確認される。昔からあちこちケガするせいで心配症なのか、それとも私の言葉が信用出来ないのか。もしかしたら両方なのかもしれないけれど。

「言ってくれたら最初っから手伝ったのに」

「でも、こないだタカちゃんに玉結びと玉止めが上手になったねって褒めてもらったから…」

「うん、まぁ確かに言った。けど、そっからいきなりミシンはレベル上げすぎな」

「それにいつもタカちゃんやってるの見てたし、もう私だって16歳だし」

どこにもケガがないと分かると、慣れた手つきでミシンから食い込んでしまった布を取っていく。大人気なく、ボソボソと言い訳を述べる私に怒ることはない。いつものことだと笑うタカちゃんが『16歳』という言葉に眉毛をピクリと動かした。

「…最近よく言う16歳だからっての何?」

「だって16才って結婚できる歳でしょ?だから私だって大人の女性として一人前にならなきゃと思って」

「一人前ねぇ。今朝も寝癖頭で学校行こうとしてたやつがねぇ」

「それはッ…!」

ふーん、と頬杖をつきながらこちらを見るタカちゃんの口角は少し上がっている。それは穏やかな微笑みにも、悪戯な微笑みにも見えた。今朝タカちゃんに寝癖を指摘された後頭部を慌てて押さえる。早起きして今日は完璧だと意気揚々と家を出たから余計に恥ずかしかった。

「そりゃ、今だってタカちゃんにはお世話になりっぱなしなのは分かってるんだけど。私もこのままじゃダメだって思ってるんだよ」

「別に俺は気にしないけど」

「あのね、本当はタカちゃんには言わないつもりだったんだけどね…」

数ヶ月前、16歳の誕生日に決意したこと。本当はちゃんと目標を達成してから伝えようと今まで秘密にしていた。でも、甘えないために先に言っとく方がいいかもしれない。意を決してタカちゃんの両手をぎゅっとつかむ。

「な、んだよ」

「私、タカちゃんがいないと何も出来ないし、トロいしダメダメだし。すぐこうしてタカちゃんに頼っちゃうし」

「だから俺は気にしてねえって。むしろ、その、嬉しいし」

自分の気持ちを伝えるのでいっぱいいっぱい。タカちゃんの頬が段々と紅潮して、視線が右往左往してるのに気遣う余裕もなかった。振り解かれることないその手にぎゅっと力を込める。戸惑いがちに握り返された手からなんだか勇気を貰った気がして、覚悟を決めてタカちゃんの目を見つめた。

「今すぐタカちゃん離れは出来ないけど、素敵な彼氏作って、タカちゃんからも卒業するよう頑張るから!」

「は?」

「16歳の目標なの」

「…」

私の一大決心を伝えると、タカちゃんは瞬きもせずに固まってしまった。今まで恋愛のれの字もしてこなかった私が彼氏を作ると言い出したからタカちゃんも驚いたんだろうか。やっと動いたと思えば額を手で覆って何か考え込むような仕草。心配になって「タカちゃん?」と声をかける。少し俯いて、手の隙間から覗くタカちゃんの目がジッとこちらを射抜いた。

「…俺は?」

「ん?」

「俺は、なまえから見て、男としてどう、なの」

ポツリポツリと言葉を選ぶように告げる。私を見る視線は逸らさずに意志の強さが伺えたけれど、その声色はどこか不安そうに聞こえた。…そうか!これが恋バナか!珍しく自信なさげなタカちゃんの様子にぴんとひらめく。冗談を言い合える友人たちになまえは鈍感と度々いじられるが、長年の付き合いのタカちゃんのことは流石の空気の読めない私でも気づけるんだから!

私がポンコツすぎて恋なんて出来っこなかったから今までこんな話したことなかったけど、彼氏作る宣言をしたことでタカちゃんと恋バナ?ができる日が来たのね。タカちゃんも中学3年生だもん。同世代くらいの異性からどう思われてるか気にもなるよね。照れてるタカちゃんが珍しくて、そして話をしてくれたことが頼りにされてる気がして弾んだ声で答える。

「タカちゃんはモテるに決まってるじゃん!」

「いや、そうじゃなくて」

「だって、こんなにかっこよくて優しくて何でも出来ちゃうんだもん。女の子みんな好きになっちゃうよ!」

「 …なまえだって女の子じゃん」

「私は女の子以前に妹みたいなもんでしょ」

「はぁ…。オマエのが歳は上なんだけどな」

いつも私が落ち込んだら励ましてくれるタカちゃん。日頃のお返しがしたくて、そんな心配しなくたって大丈夫だよと精一杯タカちゃんを褒めたつもりが表情は暗くなる一方。やっぱり私には恋バナなんて早すぎたらしい。タカちゃんもそれが分かっているのか、困ったように薄く笑うとまたテキパキと手を動かしていた。

「まぁいいや、今日は。長期戦になんのは分かってるし」

「?」

「来月、覚悟しとけよって話」

そう言ってニッと笑ったタカちゃんはどこか見覚えがあって。前にも言われたことあったっけ?最近の記憶を辿ってみたけど、分からなかった。それより来月って6月だからタカちゃんのお誕生日の話なのかな。プレゼントは八戒くん達と買いに行く予定だし、ケーキはいつものお店でルナちゃんとマナちゃんと予約するから大丈夫だよね。昔はタカちゃんと手を繋いでケーキ取りに行ったなぁ。ぼんやりと幼い頃のタカちゃんを思い出す。あれ?さっきの言葉今よりももっと幼い声で聞いたような。記憶が繋がりそうになった時「なまえ」と声をかけられハッと顔をあげる。

「こっち座って」

「もう元通りになってる!」

「少しヨレてるけど、縫ってアイロンかけたら分かんねーよ」

「タカちゃんありがとう〜ッッ」

「ん。ゆっくりで良いから、もっかいやってみ」

「うん…!」

原型をとどめてなかった布がいつの間にか元に戻っていた。すでに一度やらかした私にもう一度チャンスをくれる。こんなダメ人間を見捨てずに見守ってくれるのはやっぱりタカちゃんしかいない。そこから2時間もミシンに悪戦苦闘しすぎて思い出しかけてた記憶が蘇ることはなかった。



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