お茶会に誘われて




「美味かった!」と空になった食器を勢いよく叩きつけたマイキー様とパチリと目が合った。いつもならそこから興味のあるものへとすぐに目移りする。だけど今日に限って黒めがちな大きな目はジッとテーブルの真向かいに座っている私の顔を見つめたまま。

「……」

「マ、マイキー様?」

…何かしでかしたっけ。何も言わず、ただこちらを凝視する瞳に私の方が先に目を逸らしてしまう。今まさに朝食を「美味しい美味しい!」と食べてくれたし、珍しく寝起きの機嫌も良かった。それに今日は友人方を集めて昼ごはんを兼ねたパーティーをする!!と意気込んでいたはずのに。いや、安心してはいけない。マイキー様の機嫌はジェットコースターだ。一度でも急降下したら手のつけようがない。

先日も場地さんや千冬くんの呼び方を聞いたせいで「じゃあオレらも」とドラケンさんや三ツ谷さんの敬称が変わり「なんで俺だけ仲間外れなの」と不貞腐れて大変だったのを思い出して背筋がヒヤリとする。

あの日はなんとか「マイキー様はご主人様で、特別だからです…!」と必死に言い訳をしてことなきを得た。しかし、それを見ていた千冬くんがニマニマと含み笑いをしたせいで顔を真っ赤にした私。その様子に色々勘づいたのか、ドラケンさんと三ツ谷さんに生暖かい目で見られて耳まで赤く染まった。「オマエらニヤニヤして気色悪ぃ」と場地さんだけには私の気持ちがバレてないことが唯一の救いだった。

「なまえ」

「は、はい!なんでしょう」

「今日の目、いつもと違う…?」

名前を呼ばれ、回想を強制終了させて何を言われるかと身構えていた私に発せられたのは全く想像もしていない一言。顎に手を当てながら怪訝そうに眉を寄せると、私の顔を覗き込むようにテーブルに身体を乗り出した。急な至近距離に狼狽える私にお構いなしのマイキー様はふにゃりと表情を緩める。

「う、え、あの」

「なんかキラキラしてて、可愛い」

「?!」

言葉の意味を理解するや否や、みるみるうちに赤く染まる頬。回らない頭を一生懸命働かせてようやく「あり、がとうございます…」と自分でも驚くくらいのか細い声で返事をした時には、もう鼻歌を歌ってフラリとどこかへ出掛けてしまっていた。

実はマイキー様のご友人たちに私の分不相応な恋心がバレてしまった以降、生暖かい目を向けられるだけじゃなかった。洋服や髪飾りなどの装飾品から化粧品まであーでもないこーでもないと見繕われるようになったのだ。今までもマイキー様のおもちゃにされてる自覚は薄々あったが、もしや皆からもおもちゃにされてるのでは?と思ったほど。

しかし、街で見かける同年代くらいの女性を見ると単純に私が今まで無頓着すぎたのだ。以前ドラケンさんに憐れむように小鼠と称された時の恥ずかしさと言ったら…。流石に私も頂いた給仕服に少しでも釣り合うようにと身だしなみをキチンとしなければ!と気合いをいれる様になった。

「気づく訳、ないと思ってたのに…」

覚えたてのお化粧ほんの少し、それも1番シンプルで初心者の私にも使えそうな無難なアイシャドウを恐る恐るまぶたにうっすらと乗せただけなのに。「好きな人にはさー、ちょっとでも可愛いって言われてぇじゃん」と熱心に語っていた千冬くんの言葉の意味を今やっと理解して、さらに熱くなった顔を隠すように両手で押さえた。

「え、1人でなにやってんの」

声の方へと振り返ると指の隙間から困惑したような顔で千冬が見えた。そりゃそうだ。いつもならシャカリキに働く私がテーブルの片付けもせず両手で顔を押さえて突っ立ったままでいたことがさぞ不思議なんだろう。

「千冬くん。何も、聞かないで」

「お!?なんかマイキーくんとあった??」

気持ちがまだ整理できてなくて、まだ顔を隠したままそう答えたのに。千冬くんは怪訝そうな声から一転して弾んだ声をだした。鋭すぎる。確かにここにはマイキー様と私しかいないし、振り回されるのはいつものことで簡単に予想つくのだろうけど。

でもどうして私とマイキー様関連の出来事にこんな嬉しそうにするのか不思議だった。それも千冬くんに限らずドラケンさんも三ツ谷さんまで。いっそこの手の話題に一切の興味がない場地さんといる方が居心地がいい気がするほど。

「…言いたくないです」

「いやいや、この後ドラケンくんも三ツ谷くんも来んだから黙秘は通用しねーぞ」

「ち、千冬くんの鬼…」

「吸血鬼だもーん」

元人間として親近感を抱いていたってやっぱり千冬くんだって魔王の仲間の一員。ニヤリと笑った顔はマイキー様をを彷彿させるようなまさに悪い顔だった。

結局千冬くんの言ったように黙秘が通用する訳もなく、この後のパーティーの準備を手伝ってもらいながら朝の出来事を根掘り葉掘り聞かれるはめになった。応援すると言ってくれたけど、応援の方向性がなんだか違う気がしてならない。

「へぇ、マイキーがなぁ…」

「あのマイキーがまさかなぁ…」

「そうなんスよ!なまえってば顔真っ赤で固まっちゃってたし。あー、まじで俺もその場面を生で見たかったっス」

「…」

そして、その情報は当たり前のように流出した。それも目の前で。プライバシーとは?なんて当たり前なこと考える暇すらなかった。私の代わりに意気揚々と語る千冬くんの前にはテーブルに頬杖ついた三ツ谷さんとドラケンさんの2人。背中越しにしか見えないが絶対に悪い顔して笑っているはず。顔を見なくてもわかってしまうようなからかいを含んだ声色に知らんぷりを決め込んで料理を運ぶ。顔をあげないようにお皿を並べている間もちくちくと視線が痛いが。

「まぁ、千冬からはザッと話は聞いたけど」

「俺らもなまえから直接話を聞きてぇよなぁ?」

ゆっくりも名前を呼ばれて顔を上げると、やっぱり想像通りの顔だった。だめだ、これは逃げられない。どのみちマイキー様が来てしまうと余計に窮地に陥りそうだ。それなら一層のことマイキー様がお昼寝してるうちに洗いざらい白状した方がいい気もする。

「オマエら、なまえにちょっかいかけすぎんなよ」

「ば、場地さん」

「こいつのことになるとマイキーうるせぇんだから」

「場地が珍しくまともなこと言ってんな」

「あ?」

「まぁ今回はオレらがからかいすぎたから仕方ない」

あの日のように颯爽と現れてまた私を助けてくれたのは場地さんだった。助けたというよりとこの間のような面倒はごめんだといったところか。極めて面倒くさそうな様子は私の味方には見えない。だけど3人がかりでからかわれることに比べたらこの扱いの方がありがたかった。

「まぁいいや。とりあえずなまえ来い」

「いや、まだ準備が…」

「マイキーがなまえが迎えに来なきゃ帰らねーって駄々こねてんだよ。千冬、あと準備やっとけ」

「え」

不貞腐れて座り込んで動かなくなったマイキー様を簡単に想像できてしまった。料理は出来上がっているし、三ツ谷さんもいるから任してもなんとかなるだろう。「行くぞ」とスタスタ歩いていってしまう場地さんの後を追いかけながら、千冬くんには手を合わせてごめんねと謝った。

「あの、先程は間に入ってくださってありがとうございました」

「オマエもちったぁ言い返せ」

「ひゃ」

マイキー様の元へと向かう道中、お礼を伝える。面倒に巻き込まれたくないだけかもしれないが、助かったことには変わりない。心からの感謝を伝えるが、気怠げに振り返ったと思ったら場地さんからデコピンをくらった。かなり加減してくれているのだろうが、驚きから思わず小さな悲鳴が出る。

ふと、マイキー様にも同じようなことを言われたのを思い出す。マイキー様といい、場地さんといい、ひ弱な私には無理難題すぎないか。言い返せと言われても相手は天下の魔王の仲間たち。国はずれの村で身内の中でも立場の弱い、底辺中の底辺出身の私が出来るのは知らぬ存ぜぬという態度ぐらいしかない。

「…マイキー様にも場地さんをぶっ飛ばせと言われました」

「お!喧嘩なら教えてやるぞ」

「絶対ぶっ飛ばされますよね、私が」

「オマエ意外と根性あっからなんとかなんだよ」

出来っこないと自信なさげにボソボソと話す私に場地さんは今日一の笑顔をみせる。え、何でそうなる?場地さんの思考回路が理解できなさすぎて思わず言い返してしまった。はたして根性でなんとかなるものだろうか。怪訝そうな私に構うことなく、「その調子でアイツらにも言い返せよ」と場地さんはニカっと八重歯をみせて笑うからつい私もつられて笑ってしまった。

「は?なんで場地に懐いてんの?」

街まで迎えに行った先にいたマイキー様のご機嫌はまさかまさかの絶不調。場地さんと私を見るなり眉を寄せ、苛立った声を出す。きっとお腹が空いてきたのも影響してるのだろう。

「あ?オマエが連れて来いって」

「なまえだけで別に場地は呼んでねぇ」

「ここまで1人で来させたら危ねぇだろ」

場地さんまでも怒気を含む声色に変わりだす。また以前のように喧嘩が始まれば私の命はない。今朝の嬉しいような恥ずかしいような、そんな胸が高鳴る出来事で今日は良い一日が始まったと思ったことが懐かしい。でも私だってマイキー様の召使いだ。こんなことでいちいちビビっていたらそばにいる資格なんてない。覚悟を決めてマイキー様の元へと一歩踏み出す。

「マイキー様、迎えに来たら帰ると仰られたから皆さんは待っておられますよ」

「…気が変わった」

段差に腰掛けてたマイキー様と視線を合わせるように、そしてロング丈のスカートが地面につかないようにそっとしゃがみ込む。フイッと視線を逸らされると胸がちくりと痛んだ。でもその表情はばつが悪いと子どものように不貞腐れたような顔で。

「では寄り道して帰りませんか?マイキー様と一緒にお買い物がしたいです」

「…なまえが、そこまで言うならしょうがねぇから一緒に行ってやる」

そう言いつつ声が少し弾んでいるマイキー様に私のお礼を伝える言葉は届いたようだったが、場地さんの「俺は先に帰るからな!」と言う言葉は届かなかった。



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