飛び起きるようになまえは慌てて双子の居室に走って行く。こんな時でも部屋をノックしてから扉を開けるのは北の教えを忠実に守っているのが真面目で素直ななまえらしい。しかし、そこにも双子の姿はなかった。
なまえは他の部屋も確認しようと家中駆け回るが、キッチンもお風呂にもいない。もう一度2人の部屋に戻って机の下や2段ベッドの上まで確認したけど、侑も治もどこにもいなかった。
両親が共働きの為、少しくらいの留守番には慣れている。だけどなまえはどうしても今ぎゅっと抱きしめて欲しかった。治にいつもみたいに優しくトントンと背中をさすって欲しい。侑にいつもみたいにぎゅっと、でも痛くないくらいのちょうどいい力加減で抱きしめてほしい。なまえにとって思う存分甘えれる相手は、普段から余すことなく可愛がって愛情を降り注いでいる侑と治なのかもしれない。その時、ガチャリと玄関の扉が開く音がした。
「およ?なまえ起きたんやなぁ」
慌てて玄関に向かうと靴を脱ごうと座り込んだ治の姿があった。急ぎ足で向かってその大きな背中に飛びつくと治は少し驚いたような声を出したが、すぐになまえを甘やかすような穏やかなゆっくりとした口調で話し出す。
「ん〜?起きて俺おらんかったから寂しかったん?」
「…」
「あ、分かった。怖い夢でも見たんやろ」
治には全てお見通しらしい。返事の代わりにぎゅうっと抱きつくと、振り返った治が「よいせ」となまえを抱き上げた。
「よしよし、泣かへんかったんやな。なまえはえらいなぁ」
「ん」
乱れた髪を直すように栗色の髪に治の大きな指が通る。頭を優しく撫でたり、なまえを落ち着かせるようにトントンと背中をさする。ぎゅっと強ばるように抱きついていたなまえも少しずつ落ち着いていく。
「どんな夢見たん?治くんに言うてみ。治くんが今日やっつけに行ったるわ」
「…こないだのこわいテレビのやつ」
「あー、もののけ姫な」
どうやらなまえの怖い夢とはこの間やってた金曜ロードショーのジブリの映画が原因らしい。可愛いと思うのは不謹慎かもしれないが、縋り付く原因が怖い夢を見たなんて可愛い理由に治はなまえに見えないようににやにやと笑ってしまう。
冒頭から暗めの森の映像と音楽に顔が硬っていき、嫌な予感はしていた。「今日はもう寝ぇへん?」と誘ってみたのだが「なまえもわんちゃんにのりたい」とCMで見たサンが山犬に乗るシーンを見たいようでキラキラと目を輝かせるなまえを止めることが出来なかったのだ。
そもそもなまえの見たことあるジブリはポニョや魔女の宅急便など怖いイメージがなかったらしい。案の定、祟り神の登場ととも泣き喚いて早々とリビングから治とともに離席することになったのである。
「もじゃもじゃのにな、おっかけられてん…」
「もじゃもじゃのな、なまえは見てへんやろけど、あの後すぐアシタカがやっつけたからもうおらへんで」
「ほんま?」
「おん。でもまたなまえのこと虐めたら俺がスパイク決めてやっつけたるわ」
子どもからすればあれはトラウマになっても仕方ないような映像だと思う。侑でさえ久々に見たからか「うお!」とビビっていたし。治が慰めると、ひしっと抱きついていたなまえが顔をあげて不安げに揺れる瞳で治を見つめる。その瞳を見つめ返しながら「やから心配せんでええよ」と落ち着かせるように優しく、優しく声をかける。
「治くん、今日はずっとなまえとおってな」
「ええよ。なまえは甘えん坊で可愛いなぁ」
「あと、ねるときにするの今やってほしい…」
「はいはい、なまえが今日もいい夢見れますように」
宮家に泊まりに来る時は侑と治のベッドで交互に寝ている。治のときにはいつも寝る前に治がやってくれるそれをねだると、なまえの前髪をそっと横に寄せてオデコにチュッと口付けた。寝る前の恒例の儀式にようやく安心したように「えへへ」となまえは笑った。
「せや、アイス買うて来たから食べへん?」
「たべる!」
「アイスの実と雪見だいふくどっちがええ?」
「治くんとはんぶんこしたいな」
「そう言うと思たわ。仲良う半分こしよな」
まだ帰ってこない侑のアイスだけ冷凍庫に放りこんで少し溶けてしまったアイスを一段と甘えたななまえを膝に乗せたままひんやりしたアイスを口に頬張った。
追記
拍手コメントでリクエスト頂きました、『怖い夢をみて侑と治に甘やかされる従兄妹』です。長くなったので続きます。素敵なリクエストありがとうございました!(水屑)