「んー」
「ほれ、起きや。プニキュア始まってまうで」
なまえはどちらかと言えば朝は苦手である。出来ることなら、あったかい布団でぬくぬくとくるまっていたい。しかし、宮家にお邪魔する時はそれよりも侑と治と遊んでもらいたいという気持ちの方が大きいので割と目覚めは良かった。
「…おさむくんおはよぉ」
「おはようさん」
今日も治のゆったりした声で目を開けたなまえは寝ぼけ頭のまま治の手を握ってヒヨコのように覚束ない足取りでとてとてと歩く。小さな口をふあっと欠伸をして眠たげに瞬きをしていたが、顔を洗って歯磨きを終えた頃にはパッチリと目を開けたいつもの元気いっぱいのなまえに変わる。
「よし、じゃあ頼んだで!」
「らじゃー!」
治より侑を起こして来るように任命されたなまえは元気よく、てってけてーと先程まで寝ていた侑と治の部屋まで駆け出す。小さな身体で二段ベッドへ上がると、布団を蹴飛ばして腹を出しながら、まだぐーすかと寝てる侑に声をかけた。
「あーつーむーくーん」
「んん」
「おきて〜」
「んー…」
すんなりと起きた治と違って侑は朝が弱い。しかもタチが悪いことに寝起きも寝相も悪いのだ。その為、合宿中の侑を起こす役割は敬遠されている。治であれば蹴飛ばして起こすのだが、他はそうもいかないので最終的に尾白を呼びに行って叩き起こされることが多い。
本来なら治が起こせば済むことであるが、毎回片割れの面倒を見るのも治としては不服である。侑の相手をするよりも、とっとと朝食にありつきたいので放ったらかしにされた侑を決まって同室の部員が起こさなければならないのだ。
一度、寝起きの悪さに耐えかねた角名が北を連れてきたこともあるが、「なぜ起きれないのか」と正論パンチは侑だけでなく角名や他の同室だった部員全員くらうはめになり、それっきり北が呼ばれることはなかった。
「あさやよー?」
「…うん、起きる起きる。やからあと5分…」
「だめー!侑くんお目目あけてー」
「はいはい。腹の上に天使が舞い降りたかと思たらなまえやん」
そして治以外にすんなり侑を起こすことが出来るのは従兄妹のなまえである。いや、治が起こせば不機嫌になるので、今のように穏やかに侑を起こせるのはなまえしかいないのかもしれない。
お腹を出して寝ていた侑に馬乗りになったなまえに今日も可愛いなぁと寝起きでぼんやりした頭で侑は思う。決して寝ぼけてなどない。なまえはいつだって天使と見間違うくらい可愛いのだから。
「おきたー?」
「起きてへん〜」
「侑くんねむいの?おきれる?」
「なまえが抱っこしてくれな起きれへん」
「なまえは侑くんだっこできへんよー」
侑は完全に目を覚ましているが、起こしに来てくれたなまえが可愛くって仕方がないので起きてないフリをする。と言っても普通に喋ってるので嘘だとバレてもおかしくないが、素直に信じている姿が愛おしくて狸寝入りを続行する。
「あかん。なまえが抱っこかぎゅーしてくれな侑くん起きられへん」
「ふふ、侑くんあまえんぼうさんみたい!かわいいねぇ」
「フッフ、可愛いやろ。思わず愛でたくなるやろ〜」
「侑くんおいで。はい、ぎゅ。むぎゅー」
普段なまえが寝起きで甘えてくるように侑も甘えるとふふふと可愛らしく微笑む。いつも自分がやってもらうように「おいで」と両手を広げると、侑は上半身を起こしてその小ちゃな身体をぎゅっと包み込んだ。
「侑くんおきれたね。よくできましたの花まる〜」
「うーん、でもこのまま2人でねんねしとこうや」
「えー、8じなったらプニキュア見るねん」
日曜日の朝8時からやってる女の子向けのアニメになまえは夢中だった。侑も何度か一緒に見ているが、子ども向けのアニメの割に結構奥の深いストーリーで映画版のDVDを借りて見た時は少し泣いてしまったくらいである。
「ぷにっとプニキュアやっけ?」
「ちゃうよ!それはなまえの1ばんすきなプニキュア。いまはもーっとプニキュア♪やで」
「ほーん」
なまえは何年か前の初代が1番のお気に入りのようだが、侑にはその違いはよく分かっていない。
「せやけど、もうなまえ捕まえられてしもたで。侑くんから逃げられへんで〜」
「キャー!」
プニキュアに出てくる悪役のようにニヤッと笑って少し力を入れて逃げられないように抱きしめれば、ケラケラと笑い声をあげる。
「なまえは侑くんから逃げれるかなぁ」
「んー!!」
「力弱いなぁ。そんなんやと侑くんをやっつけられへんでー」
「あ!」
「ん?」
「侑くん目つむって〜」
侑から逃げようとモゾモゾとなまえは動き回るが侑の腕から脱出出来そうにない。侑は本気ではなくじゃれて遊んでるだけだが、腕の中で試行錯誤しているなまえの可愛さにホンマにこのままおっても幸せやなぁと考える。
しかし、アニメを毎週楽しみにしてるのも知っている。8時までには逃がしてやろうと思っていると何かを思い出したように小さく声をだした。なまえの言うように素直に目を瞑ると頬に小こい手が触れる。
「ちゅ、大すきのちゅー」
「!?!?」
「やったー!だっしゅつせいこー!」
オデコにふにっと柔らかい唇の感触に思わず目を開ける。するともう一度、今度は「大すき」の殺し文句付きでチュッと口付けるなまえに侑は驚いて片手をオデコに当てる。片腕になったその隙にサッとなまえは侑の腕の中から逃げ出すことに成功した。
「そんなんどこで覚えてきたん!?」
「角名くんにおしえてもろた!なまえのひっさつわざやねん」
「…角名やばァ」
「ふっふ!」
しかし、侑はそれどころではない。ほっぺにちゅーより格段に破壊力を増したなまえの行動にワナワナと震えながら聞けば、またしても参謀の角名により伝授されたものらしい。なまえはしてやったりと侑や治のように笑った。
「サム、なまえの必殺技やばない?」
「は?今やっとるプニキュアの真似か?ようやってるやん」
「ちゃうちゃう。角名直伝のやつや。破壊力やばいで。あんなんされたら世界平和まっしぐらや」
「…何言ってんねん。寝言は寝て言えや」
リビングのTVをつけるとちょうど軽快な音楽とともにアニメのオープニングが始まる。ヒロインたちのようになまえが必殺技を真似をする姿に、今更何を言ってんねんと侑をあしらう治だった。この後すぐに侑と同様に角名直伝の必殺技をくらうと効果は抜群だったようで力なくへたり込むことになる。