just the way you are 番外編8 | ナノ





just the way you are 番外編8

 直太の瞳を見たら、彼が怒っていないことは分かった。ただ純粋に心配している。彼はほほ笑んだ後、右手を握って顔を近づけた。額のあたりに口づけをもらい、強張っていた体から力が抜けていく。
「警察が来たら、話、できますか?」
 直太から尋ねられて、夏輝はくちびるを結ぶ。事実を話せるか、と確認されている。合意だと言ったら、彼を悲しませるが、彼の将来を壊さずに済むと思った。こたえあぐねていると、彼が小さな声でもう一度、尋ねてきた。
「俺には話せますか?」
 夏輝は頷き、昼休みの出来事を話した。怖くて抵抗できず、彼の車で家まで行き、通帳を渡した。暗証番号は直太の誕生日だ。それを言ったら、暴行された。無理やり犯されたが、夏輝にはあの行為が無理やりにあたるのかどうか分からない。抵抗しなかった。従った。それだけのことだ。
「抵抗できなくて、従うしかない状態」
「え?」
「先輩が選んでるつもりで、そうじゃないんです。そうするしかない状態に追い込まれてるだけです」
 直太が上半身だけあずけるようにして、抱擁をくれた。その時、うしろにいる彼の母親に気づき、夏輝は声を上げた。
「なお」
 直太はかすかに笑い、「警察が来たら」、と抱擁したまま言葉を続けた。
「一緒についていられないけど、近くにいます。俺に話したように、話をしてください。あの時とはちがうし、誰にも、夏輝先輩が築いてきたものを壊すことなんてできないです。昨日の昼、先輩のバイト先に行ってきました。皆、心配してましたよ。いちおう、事故でケガしたって伝えたんで、しばらくお休みもらえてます」
 飲み会に参加せず、付き合いが悪いと思われてもしかたないが、仕事上ではいつも信頼されていると感じていた。常連客の一人が、夏輝の焼いただし巻き玉子が一番おいしいと言ってくれことを思い出す。夏輝は自分の居場所がまだあることに安堵した。
「データのことは、警察がどこまでしてくれるか分からなかったから、別口で相談しました」
 いつの間にか、直太の母親は消え、二人だけしかいなかった。直太はさらに声を落として、他の患者に聞こえないように話す。
「御堂さんに頼んでます」
「御堂さんに?」
 彼の職業は金融業だった。
「探偵さんとか、そういう人たちと知り合い?」
 独白に近い言葉を吐くと、直太が頷く。
「そうみたいです。あと、引っ越しました」
「そうなんだ……え、引っ越しした?」
 自分が眠っていた三日間の間に起こっている出来事を聞いて、驚く。御堂が所有しているマンションがあり、空いている部屋を借りたらしい。
「御堂さんが、いいって?」
 御堂はランチタイムによく来るため、夏輝が彼に会う回数は、直太よりはるかに多い。マンションを所有している話は、金沢から聞いていた。実際に遊びに行ったこともあるから、空き室がなく、賃貸で契約できるような部屋ではないことも知っていた。見た目からして切れ者の御堂が、こちらに都合のいい条件で貸してくれたことにも驚いた。
「そんな軽く、いいよーって感じではなかったですけどね」
 直太はそう言って笑った。夏輝はつられて笑い、くちびるの端の痛みに指先をあてる。直太の手が労わるように頬や髪をなでた。
「警察が来たら、起こします。もう少し、眠ってください」
 直太の顔を見て、安心したからか、夏輝はひどい眠気に襲われていた。ここにいて欲しいと頼むと、彼は頷いた。
「喫茶店に金沢さんを待たせてるから、先に帰ってもらいます。少しだけ、待っててください」
 今度は夏輝が頷く。うとうとしながら、自分が心配するほどに事態は深刻ではないのかもしれないと考える。貯金を引き出して逃げることが精一杯だったのに、直太はいつの間にか大人になり、寝ている間にできる限りの手を尽くしていた。
 人の気配に少し目を開けた。直太が椅子に座り、菓子パンを食べ始める。すぐに一つめを食べ終わり、二つめを頬張る姿を見て、早く元気になって、彼のために食事を作ってやりたいと思った。


番外編7 番外編9

just the way you are top

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -