on your mark番外編46 | ナノ





on your mark番外編46

 敦士は知らないだろう。だが、遼は知っているに違いない。怒っていないというのは嘘だった。本当は、どうして隠したのか、と問い詰めたい。それをしないのは、もう十代の子どもではないからだ。そして、現在の自分の年齢が、直広に反抗していたあの頃の彼の年齢と近いことに気づき、胸が痛んだ。
 どんな言葉を投げつけたのか、忘れていた。あなたの存在が嫌だ、とか、恥ずかしい、とか、あるいは、父親面するな、とも言っていたかもしれない。覚えているのは、直広が子どもみたいに顔を歪ませ、嗚咽を漏らしながら泣いていたことだ。
「あや、俺さ」
 敦士が握っていた手に、もう片方の手も重ねた。
「この間、遼パパが直パパと話してるのを見た」
 史人が驚く前に、敦士が笑う。
「幽霊じゃない。寝室に、直パパの写真、あるだろ? 中からぶつぶつ聞こえたから、遼パパが心配でのぞいたんだ。そしたら、写真に話しかけてた」
 敦士の瞳がにじんだ。彼はそれをごまかすように、麦茶を飲み、笑いながら続ける。
「俺のつくる料理の味が……おまえの味そのもので、って当たり前なんだけどな、俺、直パパから料理、教わったんだから……」
 車のエンジン音が近づいて来る。頬に落ちた涙を拭った敦士は、「遼パパだ」と言って立ち上がった。花壇用の土を買ってきたらしく、トランクを開けて、敦士が重たい袋を持ち上げる。
「史人、点滴したんだって? もう大丈夫なのか?」
 史人は立ち上がり、頷く。これまで返事すらしなかったため、返ってきた反応に遼は目を細めてかすかな喜びを見せた。彼は恰幅もよく、足腰もしっかりしていたが、やはり直広がいた頃と比べると精彩を欠いている。手にしていた袋から、球根を一つ取り出し、「グラジオラスだ」と教えてくれた。
「今から植えておいたら、ヒマワリと一緒に持っていける」
 直広の墓前に、という言葉は抜けていたが、史人には分かっていた。
「あの双葉、ヒマワリなんだ?」
「あぁ」
 庭のほうへ向かう遼の背中を見つめる。直広の血液型を知ってから、嘘をつかれたと思い、いい気分ではなかった。
「遼パパ」
 彼を呼びとめ、泣きそうになるのをこらえながら、震える声で言った。
「お、俺の、お父さんは、A型じゃな、かった」
 遼は驚きもせず、袋を足元へ置く。
「直広はA型だ」
「カルテっで」
 カルテではO型だった。AB型の史人は、O型の親を持つはずがない。遼が力強く抱き締めてくる。
「史人、おまえは俺も父親だと認めない気か?」
 直広との血縁関係を疑えば、血のつながりのない遼は他人ということになる。だが、遼は史人にとっての直広の存在と同様だった。史人は首を横に振る。二人とも自慢の父親だ、と声を詰まらせながら言うと、遼は袋を持ち上げた。
「直広の好きな色を選んだ。一緒に植えよう」
 直広らしい嘘のつき方だと思った。やわらかく温かい土の中へ、球根を寝かせる。本当の父親ではないからといって、彼は一度も投げやりで邪険な態度を見せたことなどなかった。いつも心から愛してくれた。
「レモネードとサンドウィッチ」
 敦士がキッチンからトレイを運んでくる。
「ありがとう」
 土を払い、立ち上がった瞬間、くらくらする。
 乱反射した光の向こうに、直広がいた。史人は瞬きを繰り返し、目をこらしたが、窓から射す光しか見えない。不意に遼と視線が合った。彼は小さな笑みを浮かべる。
「何?」
 敦士の言葉に、史人は遼と同じ言葉を繰り返す。
「何でもない」
「何だよ、二人して」
 敦士のつくったサンドウィッチを一口、頬張った遼は、「直広がいる」と言った。驚いてキッチンのほうを振り返った敦士に、彼は笑う。
「おまえ達の中に、って意味だ」
「あ、そういうことか。びっくりした」
 三人でテーブルを囲む。直広の席は空いたままだ。だが、史人は彼が今も自分達を見守ってくれていると感じ、自然と笑みをこぼした。

番外編45 番外編47(プーケットでの話/直広視点)

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