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 市場で買い物を終えたイハブは、「ケンカだ」と騒いだ人間達が奴隷市場のほうへ向かうのを横目に、まっすぐ森へ向かった。途中、守衛達が二人一組で見回りをしており、イハブは怪しまれないように、軽く声をかけた。
「薬草採りですか?」
 守衛の一人が、イハブの背にある袋を見て問いかける。イハブは頷いた。
「……そこの森は、中の海に続くんですよね?」
「あぁ」
 守衛の二人は顔を見合わせた後、「かなり深いですか?」と質問を重ねた。
「湿地帯を抜けるには、獣道を辿る必要があるが、慣れない者にとっては命を落としかねない場所だ」
 どうかしたのか、と視線で促すと、彼らは口々に、「いえ、特には」と言葉を濁した。イハブは軽く頷き、北東への道を歩き出す。森へ入ってからうしろを振り返った。守衛への警戒は杞憂だったようだ。
 イハブは湖まで急ぎ、ダーナのうろの中をのぞき込んだ。
「ラウリ」
 寝床にいるはずのラウリがいない。イハブは背に負っていた袋を下ろし、周辺を見回す。
「ラウリっ」
 あまり大声は出せない。ここまで来る者はいないだろうが、用心したほうがいい。イハブは草に残る足跡を見つけ、その方向へ歩いた。
「ラウリ?」
 まだ自力では歩行も困難だろう。木陰に隠れている彼の髪が見え、イハブは小さく息を吐いた。同時に彼の体勢を部分的にとらえ、彼が何をしているのか理解する。
「来ないで、くだ、さい」
 小さく弱々しい声に、イハブは、「分かってる」と返した。
「布を濡らしてくる」
 身動きの取れない状態だった時は、ここへ来るたびに下着代わりの布を替えてやった。ラウリはそのたびに泣いていた。羞恥心もあるだろうが、どちらかといえば、屈辱からだろう。
 イハブは湖へ浸した布を絞り、ラウリを見ないようにして、布だけを差し出す。
「あ、ありがとう、ございます」
 うろまで彼の肩へ手を回し、体を支えてやった。市場で毎回のように買っている焼き菓子を差し出すと、彼は喜びと困惑の表情を交互に浮かべる。彼らにとっては手の届かない食べ物だからだ。
「甘い物は栄養価が高い」
 薬の一つだと思って食べろ、とイハブは続けた。口元へ持っていき、もそもそと食べる様子を見ながら、イハブは隣へ座り、持参した薬を調合する。
「診療所へ来ないか?」
 まだ自力で歩くのは困難だが、メルに乗せれば負担は軽く済むだろう。ラウリは丸い焼き菓子の上の部分をきれいにかじり、首を横に振ってみせた。
 イハブはラウリが埋設のゴミ捨て場にいたのは、所有者が捨てたからだと考えていた。だが、ラウリが戻りたがらないのは、もしかすると、逃げ出したからかもしれない。
 奴隷の逃亡は重い罪だ。見つかれば、処刑されることもある。もっとも、彼の体にある傷を見れば、逃げ出した理由はよく分かる。イハブはすっかり手と口をとめてしまったラウリから、焼き菓子を取る。一口で食べられる大きさにちぎり、彼のくちびるへ近づけた。
 彼は少し戸惑い、視線を泳がせる。
「口を開けて」
 ちらりと見えた舌の色や形を確認する。栄養不足や疲労から弱るのは、体だけではない。
「ラウリ、俺の家は診療所の奥にあって、俺以外は誰も来ない」
 エレビ海より澄んだ青い瞳が揺れる。頷いて欲しいと強く願った。自分の部屋でなら、誰にも邪魔されず、彼をゆっくりと癒やし、眠らせることができるからだ。揺れた瞳に涙がにじんでいく。痛いことはしないでください、と紡がれた言葉に、イハブはそっと彼を抱き寄せた。


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