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 うっすらと目を開けたラウリは、目尻から涙を流していた。イハブはどこか痛むのか、と声をかける。彼は何も言わず、ただ静かに涙をあふれさせた。メルに乗せて運んできた薬草や清潔な布をうろへ入れ、イハブは傷への処置を開始した。
 その後、フラムの草を増やすため、森の奥へと進む。二、三日様子を見て、動けそうなら診療所へ連れて行こうと決めた。ハキームならきっと受け入れて、治療してくれるだろう。
 イハブはうろの外へ、入念にフラムの草を並べる。
「……し、が」
 何度か耳にしたことのある、独特の言葉が聞こえた。うろへ入り、ラウリのくちびるへ耳を寄せると、彼は、「星が見える」と繰り返した。茜空には、ひときわ明るい星が煌々と燃えている。
「きれいだ、な?」
 ヴァイスの住む北の土地はヴァーツと呼ばれる山脈一帯とその付近を指す。それぞれの村や地域に指導者がおり、国家としての概念はない。言葉は山脈の東と西で大きく異なり、ラウリは比較的、理解しやすい西の言葉を話した。
 ヴァーツの言葉で返したイハブに、ラウリは不思議そうに星からこちらへ視線を移す。イハブは口元を緩ませた。
「まだ、かたこと。もっと、れんしゅう」
 語学に長けているイハブでも、耳にしたことのない言葉は習得しようがない。都へ来て、初めてヴァイスを見た時から、ヴァイス同士が話すのを聞いて、少しずつ習得しているだけだ。加えて、その言葉を話す相手と会話しない限り、上達のしようもない。
 たどたどしく単語を並べたイハブに、ラウリは小さな笑みを浮かべた。それは弱々しいものだったが、イハブはとても安堵し、同時に彼を救いたいという強い欲求に駆られた。現在の身体の状態だけではなく、精神的にも安らいで欲しい。それは医者として当然の感情だが、同時にイハブは彼の笑顔をもっと見たいと思っていた。
 陽の落ちた空は濃い青色から暗い紺色へと変わっていく。ラウリに負担がかからないよう、寝心地の良い布を敷き、夜の風に耐えられるもので体を覆ってやる。
「ラウリ」
 不安感を拭うため、彼の左手をそっと握る。
「夕飯が済んだら、また来る。動けるようになったら、診療所へ行こう」
 ラウリは一度こちらを見て、まばたきをしてから、星へ視線を向ける。痛みを抑える薬草をせんじ、水とともに飲ませてやる。星を見つめている彼の頭をなで、イハブは森を出て、診療所へと戻った。

 ラウリは三日経っても起き上がるのが精一杯で、食事も固形物は一切、口にできなかった。夜は食事を終えた後、イハブは明け方まで彼のいるうろで眠り、ハキームからの頼まれ事がない時や患者が来ない時は、できるだけ彼のそばで過ごした。
「イハブ」
 患部へ清潔な布と軟膏を当てたイハブは、ハキームの指示でそこへ包帯を巻いていく。欠伸をこらえ、くちびるを結んでいると、「寝不足か?」と患者から声をかけられた。老年の男は段差につまずき、右足首の捻挫を負っている。
「若いなぁ」
 患者は寝不足の原因を誤解したようだが、ハキームは軽く首を横に振った。彼はイハブが夜遊びをするような人間ではないと知っているからだ。
「そういや最近、奴隷市場のほうが物騒だって聞いたか?」
「ええ、噂は耳にしますね」
 ハキームが患者の記録をつけながら、男の話に付き合う。
「奴隷を解放しろって組織ができたんだろう? 俺には関係ないけどな、氏族や金持ってる連中は、奴隷がいなくなったら、誰が奴隷の仕事するんだって、騒いでた。馬鹿だな」
 イハブは包帯の端をきれいに結ぶ。
「奴隷がいなくなったって、その仕事する奴は残るんだ」
 手をとめて、小さく息を吐いたハキームを見て、イハブも患者の言わんとすることを理解した。奴隷という名前や枠が消えても、彼らはそれまでと同じく酷使される。形式上の廃止では意味がないのだ。

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