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 ラウノは男達に腕を引かれ、右足を引きずるようにして歩き出したが、勢いよく振り返り、何度も頭を下げた。小さくなっていく背中を見届けた後、イハブは、「先生」と呼びかける。その後の言葉はなかった。どう言い表していいのか分からない。
「虚しいな」
「……はい」
 ハキームはイハブの頭をなで、「診療所の片づけはあとだ。遅くなったが昼を取ろう」と明るい口調で言った。出入口から大通りを見ると、ヴァイス以外にも奴隷として重労働を強いられている者達が汗を流しながら、働いていた。
 理想が通るほど、世の中が簡単な仕組みではないと知っているが、人間としての尊厳を守られずに扱われるのはおかしい。イハブが今の現実から目をそらさずにいられるのは、命は平等だと教えてくれるハキームと、まっとうな考えを持つ氏族や権力者達の存在があるからだった。
 行商人の息子として生まれたイハブは、各地で様々な種族と出会った。さすがにヴァイスの住む北の地までは知らなかったが、砂竜の出没する限界の海と呼ばれる最南端の砂漠から、西のエレビ海、東の森林地帯、その先にあるエルウィ山脈のふもと付近まで行ったことがある。
 その土地にはそれぞれの種族や氏族、そして、慣習があり、それらを受け入れ、互いを尊重しあうことでイハブ達の商売は成り立っていく。都にももちろん敬い、受け入れるべき文化はあったが、唯一、奴隷の下にさらに奴隷を置くようなむごい制度は、誤っていると思っていた。

 ハキームの元で学んで三年目のイハブは、十五歳になり、彼の末娘リラと結婚するのではないかと噂されていた。上の二人の娘は、すでに名の通る氏族へ嫁ぎ、息子のいないハキームは、イハブがリラとともに診療所を継いでいくことを望んでいるようだった。
 リラはその噂を意識しているようで、食事の際に軽く手が触れるだけでも赤くなる始末だ。イハブは乗り気ではないものの、いずれはそうなるだろうと予測していた。
 まだ陽も昇らない頃に起き、女達のいない台所へ入り、水を飲んだ。それから、与えられている小屋へ戻り、衣服を着替えていく。軽度の炎症や風邪に効く薬草などは、近くの森に自生しており、週に一回程度、採取しに行っている。
 都の南は砂漠が続くが、北東には中の海へ続く大きな森がある。メルと呼ばれる行商人達もよく使う家畜を引き、薬草を入れるためのカゴと袋を乗せた。干し肉をかじりながら、紐を引き、まだ薄暗い街道を歩く。
 まだ歳の若いメルなら、その背にまたがることもできるものの、ハキームの飼っているメルはすでに老いていた。イハブは時おり、彼の横腹をなで、話しかけながら、森を目指す。
 都の中心部から少し北の場所に、皇帝一族の住む宮殿がある。ハキームは数ヶ月に一度は宮殿へ呼ばれ、皇帝一族の健康診断を行っていた。助手としてついて行くこともあったため、そばを通れば、宮殿を守る守衛達が軽く手を挙げる。イハブはそのあいさつに応じ、同じように手を挙げた。
 宮殿は赤茶色のレンガで囲まれており、背伸びをしても中を見ることはできない。いつも通り、迂回し、最北にあたる門から出ようと思った。
「イハブさん!」
 名を呼ばれ、振り返ると、守衛の一人が駆けてきた。
「北門は壁が崩れて修復中ですよ。森へ行くなら、左へ抜けてください」
 イハブは情報をくれた守衛に礼を言う。
「いえいえ。あ、でも、北門の左は埋設のゴミ捨て場なんで、かなり臭いますけどね」
 彼はそう言って、鼻をつまむ仕草を見せた。イハブは頷き、メルの腹をなで、方向を変える。都の中でもゴミ捨て場は穴を掘り、埋めることになっているが、場所を考えなければかなりの臭いを撒き散らす。宮殿のゴミ捨て場は、宮殿から離れた場所へ作られていたが、やはりその場所へ近づくにつれ、臭いが増した。
 深い穴のふちには、腐った野菜や肉などが転がっている。イハブは特に気にせず、メルを引きながら歩いた。子どもが鼻をすするような、あるいは発作を起こした患者のような短い呼吸の音を聞いたのはその時だ。
 イハブは柵に囲まれたゴミ捨て場で足を止め、穴の中をのぞいた。

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